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狭い通路 - 歩行者密集地での滞留を助長

     my noteでは、自動車交通🚘における工夫行動や合理性追究に関する提起を多く行なってきました。概ね【独創的な発想に基づく改善案】を含むもので、もしかしたら貴方にとって、具には合点がいくものではない例もあったと思います。

     今回はただ単に「歩行」をしている場面👟でのお話です。
    ~今週は連日【駅】系のオンパレードになってますね😁

     

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     都心の駅で、一方向への人の流れがかなり多く、酷い時にはまるでその先が「行き止まりになっているのか?」と思うくらいにスローダウンした状況に巻き込まれて疲れました😰
     在宅勤務がメインになり、たまにオフィス出勤をすると、すっかり人流は平時通りの水準に戻っているのだと感じるくらい混雑しています(◎_◎;)
    ※写真はイメージです

    歩行者滞留駅階段通路

     

     近くの別ルートの通路が一時的に拡幅工事をしていて狭くなっているから、等の理由もあるその現場ですが、概して、やはり、混雑したエリアでの人流の鈍化傾向はかつてより酷くなってきていると思います。

     自分がせっかちである、という要素は一切ありません。ただ”むやみに””みだりに”停滞しており、それを構成する人々の【心得】が、到底望ましくないものへと変わってしまっているから⤵だと解析しています。
    ※「かく言う己も混雑の一員・要因だぞ👊」という点を指摘したくなった方もおられるかもですが、その領域の懸案ではありません🙏

     

     今や、"Social Distance"風潮の世の中です。そのことがさらに悪化させていることは否定できないのですが、その点を考慮に入れたとしてもやはり芳しくない、つまり、思考題材としては「そうなる前の社会においてどうか」、平時の様子を思い描いてみましょう。

     どうして、〔滞り〕が一層悪化するのでしょうか?

     

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     端的に言えば『歩きスマホ』です。〔歩きながらスマホを〕ではなく〔スマホをいじりながら歩いている〕人が少なくない現代です。【危険ですのでやめましょう】という理由付けの窘めばかりが目立っているせいもあり、皆が「安全を確保するため」前を歩く人との距離を充分に広く空ける傾向はかつてよりも強くなっているように感じます。

     そこにさらに、スマホの有無に関わらず、ただ前に続いて歩くことをしない振る舞いの人も合算されます😞
    ※事情があってペースが遅い人はもちろん除きます

     詰めなければ必要以上のデッドスペースが出来るわけで、それはマイ・テリトリーの一種でもあり、その人が占有する地面積が拡張することで進度が鈍り、必然的に渋滞がエスカレートして人溜まりができます。
     これは、ひしめき合っているという窮屈感が主体のものではなく、閉塞感の方です。

     「スムーズに歩くこと」よりも「今スマホをすること」の方に優位性を置いている人の割合がいかに多いことか、という実証的解析とも言えるでしょうか(p_-)

     

    《更なる追究》

    スマホをしている人よりも、スマホをしている人をさっと抜かずにいつまでも遅いまま追従させられいる人…という存在も気になる。ある意味、加担・助長しているとも

    ⇒”ごぼう抜き”の仕方を示してあげる必要がありそうですね('◇')ゞ
    でも、後ろに続いてモタモタしている人はまだマシです。
     それの斜め後ろの位置関係で同じ速さでいられると、こちらはごぼう抜きすら出来ない塞がれようです😰

     

    満員電車の中のスマホスペース(自分の前側の領域の確保)も勘弁して!

    ⇒この頃の流行りは、前リュックにして、ボリュームがあることには変わりが無く、傍若無人にあちこちぶつけながら、それをテーブルにしていじってる人…
     「背負ったままは良くない」とのカタチ追求が独り歩きして本人は”スマート”なつもりだがむしろ困惑🥴

     

     

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    会社員をしながら〔本質把握〕と〔合理性追求〕に日々明け暮れ、気になったことを書いています。と言っても、専門的な難解なものではなく、今よりもう少し「モノゴトを別の角度から見てみる」という心掛けが広まればいいのになぁ、との願いを抱きつつ、”気付き”の提案をしていきたいと思っています。