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『○○のまち』というデザイン +

    ◆息子が今春から大学の経済学部に進むということもあり、〔経済/社会〕カテゴリーの記事を今週再掲しています📖


     貴方が住む地域や自治体(県・市区町村など)は、『○○のまち(街)』という呼ばれ方をしていますか?
     あるいは、他の地方を見渡してみて、『○○のまち』と呼ばれている/宣伝されている例をいくつ思い出して列挙できるでしょうか?

     一般的には”部外者”が勝手に呼称をつけるのではなくて、観光客の誘致その他諸々の目論見があって《アピール》するために自らが掲げる経緯がほとんである、と思っています。

     

     全国的に有名なもの。ありますね。
    まずは『○○のまち』に収まらずに主旨に沿って枠を広げてみると…

    ◆うどん県
    ◆温泉県  など

     地元民が「大いに歓迎している」か「よく思わない」か、ご当地事情や【個人単位での心象】は様々なのでしょうが、かなり多くの人にとって”しっくりくる愛称”である、と言えます。

     昔ながらの文化慣習・地域特性・環境に関係している例ですね。
     他方で、仮に〔歴史〕が無くとも、近年になってから『地域振興』的に打ち出したような事例もまた、あり得ますが。

     

    ◆◈◆◈◆◈◆◈◆◈◆

     

     そのように、以下、続けます。
     『○○のまち』の話でした。

    《A群》
    ◆ラーメンのまち喜多方
    ◆モノづくりのまち東大阪市
    ◆めがねのまち鯖江
    ◆ジーンズのまち児島
    ◆陶芸のまち ※益子町の陶器のような
    ◆ばらのまち福山
    ◆丘のまち美瑛 / 坂のまち長崎・坂のまち尾道

     貴方もこれらのうちのいくつかはご存知かと思います。「いや、それを言うなら、別のもので『○○のまち△△』を挙げるべきでしょ!」という強い”推し”があるかも知れませんね😁

     

     上記の《A群》には共通事項があります。前述した通りです。

     以下の《B群》のような例はどうでしょうか。
    ※仮想イメージですので地名(固有名詞)は出ません🙅

    《B群》
    ◆医療器具(大型装置)のまち
    ◆ソーラーシステムのまち

     

     「え?《A群》とどう違うの!?」… 補足しないと難しいですね。

     《B群》としては、

    ・その業種の一企業がその地域に拠点や製造所を構えている
    ※規模として大企業か否かは問わない

    という例です。
     確かにこれらのカテゴリーは、《工業団地》的に複数が集積するような展開は無さそうで、産業の発展として「他の地域へ説明する場面等、存在感や盛り込む要素として大きい」ことは否めないけれど…  ・・・どういうことでしょう🙄

     

    ◆◈◆◈◆◈◆◈◆◈◆

     

     さて、今一度、《A群》と《B群》とのニュアンスの違いについて考えてみてください。

    線引きというか、カテゴリー分けする根拠について、既に合点できていますか?

     

     例えば、とある✖✖市が、そこの市立病院において、市内で唯一(≒”二番手”企業は無いに等しい)の技術を有する企業が開発した医療機器の導入を率先的にしているとしましょう。及び、その点を堂々と内外に広報しています。
     さらに

    それだけに留まらず、
    『医療装置のまち ✖✖市』と銘打った場合…

     

    貴方には違和感が生じますか?

     

     当該、《B群》の例に対し、「《A群》とは異質なので」「適切であるとは言えない」という感覚に至っているのであれば、深い本質思考ができているのだと言えるでしょう💯

     

     《A群》の例は、望ましいというか、然るべき展開であるのだと思えます。が、他方の《B群》由来の上記仮想例に展開して(異質であることの認知無く適用して邁進して)しまう【自治体関係者】及び【ワクワクしている市民の評価力や”気付き”の弱さ】を思うと残念に感じます。

    ・・・こんな付け方。はたして…🙊
     

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    会社員をしながら〔本質把握〕と〔合理性追求〕に日々明け暮れ、気になったことを書いています。と言っても、専門的な難解なものではなく、今よりもう少し「モノゴトを別の角度から見てみる」という心掛けが広まればいいのになぁ、との願いを抱きつつ、”気付き”の提案をしていきたいと思っています。