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Photo bymiya190924

完全同居の私の変わった、義母に対する気持ち

    ららみぃたんさんが、企画されている「一元観エピソード」。
    思い当たることが、ちょうど投稿されたそのタイミングでやってきたので、参加しようと思います。

    あえて言うことにする。

    私はたぶん我慢強いほうだと思う。

    だから、大丈夫だと思った。

    義両親との完全同居。


    だけど、甘かった。


    こんなに義両親との同居が、しんどいだなんて思いもしなかった。


    主人は、曾祖母(義母からすると義祖母)のいる家で生まれ、生活をともにし、田舎で、そういう家が身近だったから、それが当たり前で何とも思わなかったのだろう。

    だから、私の辛さを分かろうとも思わなかった。

    歳をとるにつれ、いろいろ分かってきたみたいだけど。

    だけどね、最初に言った主人の言葉は、当たってた。


    俺に言われても仕方ないやん。
    あんなん何言うても変わるわけないやん。


    いま、ブチブチと両親のこと言ってる君に、そのまま返してやりたいよ。

    今は時々、いろんな意味で、思いを共感しているけど。

    そんな私が、ここまでくるのに、随分と義母とのことで思い悩んだ。

    嫁いできた当時、随分と歓迎されるのかと思いきや、私が家事や仕事を一生懸命すればするほど、すぐ傍から何かと注意された。

    多少、不器用といえども、そんなに落ち度はなかったと思う。

    それでも落ち度があるように言うので、ズボラな性格を直すべく、きっちりと何でもかんでもしようと心がけたり、義母の言うことは取り入れたりもしたけど、次から次へと苦言や小言が多かった。

    随分後から気付いた。

    今になってはそう思う。

    それほどもきっちりとしている人なのかと当時は思ったけれど、ちっともそんなことはない、負けず嫌いの義母は、間違えた方法で、私に勝とうとしていたことを。


    結婚してから数年は、何ひとつ言い返さなかったけど、自分の身は自分で守らなきゃ!と、ある日、言い返したら、そこから攻撃は少なくなった。

    「何も言い返さないヨメ」と思われているうちは、猛攻撃だった。

    口で攻撃することは少なくなった代わりに、妙なやり方で私を阻むものだから、思い悩んだ。

    その頃、「同居 うまくいく方法」「嫁姑」「完全同居 こつ」など、ネットでよく検索したものだ。

    そのなかに、「姑を『宇宙人』だと思うこと」というアドバイスがあった。

    そのアドバイスに、「ケッ!(苦笑)」だなんて思ったものだ。


    宇宙人👽だなんて思えるわけないじゃん。


    それが、私の本音だった。

    だけど、ある日、前にも揉めた私がやめてほしいことを、義母がまたもや平気でしていた。

    私のイライラは最高潮に達しようとしていた。

    そこで、また、感情に任せてキツイことを言ってしまいそうだった。

    この人は、何をどう言っても、私の言うことは理解できない・・・。


    この人は宇宙人・・・うちゅうじん・・・ウチュウジン・・・👾


    必死になって、怒りを鎮めようとしていた私。
    あの、アドバイスを思い出してのとっさの行動だった。


    そのうち、信じられないことに、義母のことが宇宙人に見えてきた・・・!

    無理もない。こちらの言葉が通じないんだから。


    それは、もう随分前のことだが、それから私は、それなりに義母のことを冷静に対処できるようになった・・・気がする。

    義母のことを、「宇宙人」として受け入れることが出来たのはその頃。

    私は「こういう人」、そして、義母は「そういう人」なのだ。

    夫である主人とは距離を縮めることはできても、義母とはそう距離は縮まらない。

    夫とは「夫婦」で、お互い思いやることができても、義母とは「嫁姑」。

    私が遠慮して一歩引いた態度で接しても、基本、自分のことで精いっぱいで、お構いなしで接してくる義母とは、距離が縮まることはないのだ。

    だけど、「そういう人」。

    そう受け入れて、幾年も年月を重ねた。

    その間、何もなかったわけではない。

    義母とは会話がない代わりに、ほとんどぶつかることはない。

    若いころのように、主人に必要以上に愚痴をこぼし、義母のことで喧嘩はしなくなった。

    相変わらず、イライラすることもある。

    基本、義母は何も変わっていないのだから。

    強いていうなら、何をするにも自信なさげ・・・。

    歳をとったせいか、少し弱くなったような・・・。

    私が、何をどうイジワルされても、仕事も家事も淡々とやってのけるから、勝ち目がなくなったと気づいたようにも見える。

    努力して出来るようになった私に、姑は何も言えないはずだ。

    私は仕事をしながら、義母ができない家事を全部こなしていく。

    ルーティーンをこなすのが苦手な義母には、家事は無理だ。

    それに、たくさんの兄妹に、ある意味守られてきた義母と、私はちがう。

    今もなお、用事がなくても仲の良い姉妹と電話でやり取りし、時には会いにでかける。

    義母の兄妹のなかには、こちらのことを嫌っている人間もいるという。

    一度は、末っ子の主人だけを連れて帰ったこともあるという。

    義母は「可哀そうに」と、兄妹に共感されたとも言っていた。

    私には、いちばん辛い時に寄り添ってくれる人も、いちばん悔しい時に共感してくれる人も、いちばん寂しいときにほっとできる場所もなかった代わりに、言い訳や自分を弁護する言葉も見つからず、ただ努力するしかなかった。

    時代は義母のほうが厳しかったのかもしれないけど、状況は私のほうがたぶんしんどかった。


    だから、家事や仕事に関して、義母からするとぐうの音も出ないはずだ。

    私からすると、義母のやることヒトツヒトツは、どこかしら甘い。

    それは、主人も指摘することがあるくらいに。

    主人の曾祖母には随分きついことを言われたとか言っていたけど、私からすると言われるスキが十分にあるように思う。


    それでも、時々おかしなことをする。


    私は最近、自分の中で、義母に対する気持ちが変わっていくのを感じる。


    それは、この先の自分の姿かもしれない・・・・。


    そう思うとゾッとした。

    将来の自分の姿を重ね合わせて見えたのは、初めてだった。

    ある意味、反発心からくる、義母の行動かもしれないけど、それは昔からのものだし、周囲の人間にとっては気持ちの良いものではない。

    これが実の親だったら、他の感情が勝って、そう冷静にその姿を見ることができないのかもしれない。

    血の通った親と、他人の親の違いだろうか。

    その姿を見せてくれる義母が、私のこの先の人生の指針を見せる「教科書」のように思える。

    老人と365日、生活をともにしたことのない私にとって、その姿はある意味「新鮮」だ。

    そう思えると、『感謝』の念に堪えない。

    義母の姿を通して何か大事なことを、教えてもらい、学んでいる気がする。

    私がはじめて義母に対して、「感謝」を感じた瞬間だった。

    義姉や主人からも「ズレている」と称される義母に、いちばん「感謝」しているのは、意外にも、実の子よりも私の方かもしれない。

    義母にどんな形であれ、「感謝」の気持ちを抱くことなんて、予想もしていなかったけれど、こんなに早くその日がくるとは思いもしなかった。

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    果樹農園を営む農家の嫁です。子育てがひと段落して時間が出来たので、日常感じたことなどを自分のペースで発信していこうと思っています。 今現在フォローさせて頂いている方の記事を読むことを最優先にしていて、時間が精一杯なので、フォローさせて頂いていません。よろしくお願いします。

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