
noteで読んでもらえる文体って?/牧場主のつぶやき
私の文体は硬い。基本が「である調」である。
ただnoteをはじめとした昨今のネット上の文章では、多分こうしたカチカチの文体は流行らない。なんなら読んでもらえないと言ってもいい。
私がネットに文章をあげる目的は世界中の人たちを笑顔にするためなので、読んでもらえなくては意味がない。なので今日は少しnote向けの文体というものを検討してみたいと思う。
そもそも読者にとって読みやすい書き方って
きっとこういう感じなんだろうな。
ゆったりしてて。
ほっこりしてて。
わたしもそんな優しい印象を与える人になりたい。
そのためにはきっと、まず自分が自分に優しくならないといけないんだ。
一杯のコーヒー。
一口のビスケット。
自分を大切にする、一人きりの朝時間。
最近雨が多かったから、少しの晴れ間にも心がニッコリする。
そんな静かな朝の時間を過ごしたいと思っていたら、遠くから声がした。
「ママー! 牛乳こぼしたーー!!」
……まぁ、そううまくはいきませんよね(笑)
皆さんにもやわらかな時間が訪れますように。
……。
…………。
………………。
あああああダメだ。全然似合わない。パンツに穴空いてるくせにどの口が言っとるんや。これではどぶ色羊がキレイな空色羊になってしまうじゃないか。ここは薄汚れた羊しか放牧されていないどぶ色の牧場なのである。こんな素敵なモーニングタイムを過ごしているマダム羊をこんな薄汚い牧場に放牧した日には、一日で何かの病に倒れてしまうだろう。私はドブで、あなたはタタラ場で暮らそう。
言っておくが、私はこういう文章が嫌いではない。むしろ好きだ。文章を読んで心が救われるような、少し気持ちが明るくなるような、読み手の心の中に一塊の空気感を残すような、そんな文章を書ける人をリスペクトしている。
だがしかし、私にはああいうゆったりとして読みやすい文章が書けない。ミッチミチでパッツパツの黒い塊みたいな文章しか書けない。大学時代は漢文を白文で読んでいたせいだろう。知らんけど。あととにかく文章が長い。かつてのお化けテキストサイトNumeriを読んで育ったせいだろう。知らんけど。
加えて私の「である調」には、ギャグ書きとしてもう一つ明確な弱点がある。それは「これって笑っていい文章なんですか?」ということが読む人に伝わらない、ということだ。
私は生来の癖が真面目なので、文章も非常に真面目である。何せ未放牧エッセイ含めて私の文章を40本以上を読んでいるChatGPTから
【アホの学術論文】
と評されたのが私の文章である。クソ真面目な顔をしてアホなことを長々と述べるのが私の基本芸風だ。だから読み手には「これ笑うところなんだろうか?」「この人真面目に言ってるから笑う話じゃなさそう」と思われてしまう懸念がある。いや、笑ってくれ。笑ってくれないとギャグ書きは心が死ぬんだよ。「笑ったよ」って言ってくれるあなたのその一言が、ギャグ書きの命を繋ぐんだよ。私がタイトルに【ギャグエッセイ】などというクソダサい注釈を入れているのはそのせいなのである(本当は入れたくない)。
言ってみれば、私のギャグエッセイはこれだ。

これは中高年の悲哀を嘆いた有名なフレーズであるが、一見すると中身より見た目の硬さや厳かさの方が目に入るに違いない。ぱっと見で笑うべき文章なのか真面目に読むべき文章なのか、どう考えても笑うべき文章じゃないよなと、読み手は感じるだろう。だがそれでは困るのだ。
だから私もnoteを続ける上で、少しは皆さんにとって読みやすく、分かりやすく愉快に笑ってもらえる文体というのを検討したいと思う次第である。とはいえ生来の書き癖を変えることはそう簡単ではない。だからこれからは、少なくとも下記程度には、皆さんにとって読みやすい文章にしたいと思う。今後のどぶ色牧場にも是非ご期待ください。
