
「漢方」という言葉が、患者さんを遠ざけているのかもしれない。
僕の漢方外来には、便秘の悩みで通院されている患者さんがいます。
ある日、その患者さんのカルテを開くと、急なめまいを発症し、耳鼻咽喉科や循環器内科を相次いで受診されていた記録が残っていました。
各種検査を実施したものの、明確な異常は見つからず、最終的には対症療法で経過観察となっていました。
突然のめまいに襲われれば、重大な病気が隠れていないか不安になるのは当然です。
専門の診療科を受診するのも自然な行動だと思います。
ただ、その記録を見たとき、僕の中には何とも言えない感情が込み上げました。
「めまいも、漢方が得意とする領域なのに……」
もちろん、めまいには重大な疾患が隠れていることもあり、適切な検査や医学的評価が必要です。
それでも、検査で明確な異常が見つからず、症状に悩み続けている方にとって、漢方は一つの選択肢になり得ます。
普段から僕の漢方外来に通ってくださっている患者さんが、別の不調に悩んだとき、僕のことを思い出してくれなかった。
その事実が悔しかったのです。
技術だけでは患者さんを救えない
僕はこれまで5年間、独学で漢方を学び、臨床経験を積み重ねてきました。
病名がつかない不調に悩む患者さんと向き合い、漢方治療によって改善していく姿も数多く見てきました。
だからこそ、自分の技術には一定の自信がありました。
「良い医療を提供し続けていれば、自然と患者さんに価値が伝わるはずだ」
どこかで、そんな職人的な考え方を持っていたのだと思います。
しかし、その考えがいかに独りよがりだったかを思い知らされました。
どれだけ優れた技術を持っていても、それを必要としている人に知られていなければ、その人を救うことはできません。
患者さんが困ったとき、僕の顔も、漢方という選択肢も思い浮かばなかった。
自分の無力さが恥ずかしくなりました。
「漢方」という言葉がつくる壁
この出来事をきっかけに、僕はマーケティングについて深く考えるようになりました。
そもそも「漢方」という言葉は、長い歴史の中で存在し続けてきた言葉です。
だからこそ、多くの人の中には、あらかじめ何らかのイメージができあがっています。
「冷えや便秘に使うもの」
「効き目が穏やかで、時間がかかるもの」
「自分には関係のないもの」
漢方に良いイメージを持っている人は、漢方外来に足を運びやすいでしょう。
一方、そうではない人は、そもそも興味を持たないかもしれません。
つまり、漢方という言葉を前面に出した時点で、一段階大きなふるいにかけられてしまい、本来なら僕の医療を必要としている人まで逃しているのではないか。
そんな仮説を持つようになりました。
例えば、漢方という言葉をあえて前面に出さず、
「20分、ひたすらあなたの話を聴く外来です」
「病名ではなく、あなたの体質を調べます」
といった伝え方をしてみる。
同じ医療を提供していても、伝え方を変えるだけで、これまで興味を持たなかった人に価値が届く可能性があります。
大切なのは、漢方という手段を売ることではなく、患者さんが本当に求めている価値を伝えることなのかもしれません。
今、僕はマーケティングでいう「Who(誰に届けるのか)」と「What(何を届けるのか)」を模索しています。
どんな悩みを抱えている人に、僕の外来ならではのどんな価値を届けられるのか。
患者さんと日々接する中で、自分が提供している本当の価値は何なのかを考え続けています。
患者さんが本当に求めているもの
僕が漢方外来で大切にしていることがあります。
それは、患者さんの話をじっくり聴くことです。
20分かけて患者さんと向き合う中で、意識しているのは症状の確認だけではありません。
「めまいがあることで、仕事にどんな支障が出ているのか」
「朝、起き上がるときにどれほど不安を感じているのか」
「家族との時間を楽しめなくなっていないか」
検査数値には表れない、日常生活や感情の部分、その人の物語を理解したいと思っています。
患者さんが求めているのは、薬や病名だけではないのかもしれません。
自分の苦しみに耳を傾け、身体全体を受け止め、一緒に解決策を考えてくれる存在。
それこそが、僕が提供できる医療の本質的な価値なのだと感じています。
これから目指す医療
今回の出来事で学んだのは、良いものをつくることと、それを必要な人に届けることは、まったく別の能力が必要だということです。
これからも医師として知識や技術を磨き続けます。
それと同時に、患者さんの目線に立ち、自分が提供できる価値をどうすれば正しく伝えられるのか、その方法も学んでいきたいと思っています。
僕には、漢方・鍼灸クリニックを創り、このカテゴリーで一番になるという夢があります。
その実現には、優れた治療技術だけでは足りません。
本当に困っている人に見つけてもらい、安心して相談してもらい、人生に寄り添い続けられる医療をつくる必要があります。
あの日、何気なく開いた一人の患者さんのカルテ。
そこに記されていた受診歴は、僕にとって少し苦いものでした。
でも、あの悔しさがあったからこそ、今まで見えていなかった課題に気づくことができました。
技術を磨くことに終わりはありません。
そして、その価値を届ける努力にも終わりはありません。
一人でも多くの患者さんに「あの先生に相談してみよう」と思ってもらえるように。
これからも、医療の技術と、それを届ける技術の両方を磨き続けていきたいと思います。