
『 健全な心 』 🩵
ひとの心は、善の心、悪の心、両面が、あります それは通常なことでもあります
それは、誰もが持っています 悪の心を持ったことが、一度でもないというお方がいるとすれば、素晴らしいことでもあり、尊敬に値します
仏陀さまの心にも、善の心、悪の心がありました しかし、仏陀さまは思考を変え、苦難の道を選び、善の心が一番大切であるというお言葉を残しました
ものの考え方が、シンプルで且つ、論理的で、納得のいくお言葉を残し、お亡くなりになりました
誰もが持っている、善の心、悪の心、心はもちろんですが、善の心の方が当然ながら良いと思います
しかし、自分にとって都合が良く、自己利益にならないとすれば、それは悪の心になります
現代の世界、生きづらさもありますが、それでも必死になって、人様のために活動や行為をされている方、また、見返りを必要としない方がいるとすれば、当然ですが、善の心の持ち主になります
健全な肉体には善の心が存在します!
心は、変動します! 状況や、その時の自分の立場によって変わる可能性を秘めています
私たちは、悪を行うため誕生した訳ではないですね!
人生という道を歩きいろいろな経験をし、荒波にのまれ、そして、悪の道に走る方々がいます! これは間違いではありません!
また、人生の道のりの中で、荒波に飲まれ、沈みそうになりながらも、希望を捨てず、ただただ、生きてやるっていうお方が、いるのも事実であります
私も以前は、自己利益になることばかりを考えたことがありますが、仏陀さまのお言葉、仏陀さまの生き方が好きで、そのような考え方はしなくなりました
仏陀さまの最期は、沙羅双樹の下で横になり、瞑想に入りました そしてそのまま亡くなりました
生き変わり死に変わるする輪廻の連鎖から解き放れた、不変不滅の状態に入りました それを涅槃と言います
その時、沙羅双樹は時ならぬ花が咲いて満開となり、仏陀さまの体の上に花びらが吹雪のように降り注いだと言います
最後の仏陀さまの言葉は
『 恐れることがなく、渇愛を離れ、よごれのない者は、生存の矢を断ち切ってしまっている この身体が、最後のものである 』 というお言葉を残し亡くなってしまいました
これは、悟りの境地に至った人には、生死はもはや関係しないという意味になります
このような最終的な境地を 『 涅槃寂静 』と言います
精神を集中させ、今の現代社会を生きることが大切です
生活の基本は、瞑想にあります ひたすら瞑想です
煩悩まみれの自分が、徐々に清らかな状態へと変わっていきます
そして心が変われば、喜びになります