
月を見る
月を見る。
カンボジアに来たばかりの頃、屋外の店で食事をすると、それだけで異国に暮らしている気がした。
日本で外に座って食事をする場所といえば、夏のビアガーデンくらいしか思いつかない。しかも見える景色は、たいていビルである。
プノンペンには、通りに向かってそのまま開いている店が多い。少し高い場所には、スカイバーもあちこちにある。そこから見えるのは、高層ビルばかりではない。メコン川と、寺院の尖った屋根と、その間に広がる低い街並みだ。
夕方五時半はまだ暑い。通りには昼間にはなかった屋台がぽつぽつと増え始める。炭火に串肉が並び、白い煙が道路へ流れ出す。六時が近づくと、空は西の端から赤く染まり、店先の裸電球や看板に明かりがともり始める。空の色はオレンジから薄紫へ、そして深い群青へと一気に変わる。その高い空に、小さな月が浮かんでいる。
冷たいビールを飲みながらその景色を眺め、「こういうの、カンボジアっぽくていいなあ」と思っていた。
最近は、外の店へ行くことが少し減った。カンボジアに慣れて感動しなくなったわけではない。外で食べられる店には西洋料理が多く、私たち家族が日本食を選ぶことが増えたからだ。
月が見えなくなったのではない。花より団子ならぬ、月より日本食になっただけだ。