
耳鳴り潰し417
思考ログのような文章を読んでいると、こちらの思考も文章のようになってしまう。本日息子は放課後の公園遊び面子が集まらないようで、私をキャッチボールに引っ張り出した。グラウンドでやっている野球教室を、観客席風のベンチから見学などもした。
息子とのキャッチボールを繰り返しているうちに気付いたのは、こちらもキャッチボールのスキルが上がっていることだ。丁寧に狙いをつけなくても、いいボールが息子の正面に行くようになってきた。コントロールが外れた時は、投げた瞬間にそれと分かる。それに続く、ぶつくさ文句をいう息子の姿も想像できる。
会話のキャッチボール、という比喩がよく使われる。物理的なボールであれば、狙いが大きく外れたこと、相手がキャッチできないことは、ボールが指から離れた瞬間に分かる。それが形を持たない言葉や意志といったものであれば、相手が受けきれていないことを、自覚できていないことも多いだろう。相手にとっては大きく逸れたボールをぶつくさ言いながら取りにいっている状態なのに、こちらはナイスボールを投げ込んだ気でいる、というような。
会話だけではなく、創作についてもそういえるかもしれない。渾身の力作、多くの読者に届くつもりの作品が、実は全く見当違いの方向に向かっていた、というような。
「クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶ 踊れ!アミーゴ!」を観る。ご飯時を映画タイムに使えるのは、こちらとしては嬉しい限り。脚本家の方はこの作品を最後に僧侶となったとか。
前日の夕方に撮影した、公園入り口近くにあったキノコ。一日でものすごく成長していた。これを書く直前の今朝も確認しにいったところ、掘り起こされたような形で倒れていた。大きすぎて目立つことは、自然界では有利というわけでもないようだ。



英語教材風AIイラストネタ。ブックモンスターという、各作家の特徴で構成されたモンスターたち。略してブクモン。



今日の一枚「なんかすごい感じのキャッチボール」
