
「松平元康と今川氏真」#シロクマ文芸部
※戦国武将BL注意
「待つ、時間割教えて」
十年ぶりの氏真からのLINEだった。「待つ」は名字が松平である私のあだ名だ。待ち合わせ場所にいつも時間よりずっと早めに到着して、友達を待つ時間が好きだったからだ。中学時代に氏真がつけてくれたけれど、氏真以外は誰も使わなかった。和歌と蹴鞠に打ち込みすぎて中学に行くのが馬鹿らしくなった、と言って氏真は学校に来なくなっていた。けれどたまには「明日行くから時間割教えて」とLINEを送ってきたのだ。変則の時間割になることもよくあったから。私は時間割と、同じクラスの誰彼の情報を送ったりした。
「織田君がクラス内勢力を伸ばしてる」
「武田君と上杉君は喧嘩ばかりしてるけど裏で付き合ってる」
氏真はあまり興味がなさそうですぐに返事は来なくなった。そして結局翌日に学校には来なかった。
氏真は父親が若くして亡くなってしまったので、家計を助けるために年齢を誤魔化してBL小説で稼いでいる、という噂を聞いていた。
そんな中学時代から十年が経ち、私は新卒で就職した会社のブラックさ加減に嫌気が差して退職し、専門学校に入り直した。そこで氏真に再会することになる。入学説明会の会場にいつものように一番乗りした私のすぐ後に、氏真がやってきた。
「待つ、太った?」
まだ少年だった中学時代と比べればそりゃあ多少は丸くなったし肉もついたし顎も二重にはなった。相変わらず失礼な氏真は逆にあまりに変わらなさすぎるように見えた。時間を勘違いして早く来すぎたのだという。中学時代の面影の残る青白い顔の公家顔で、最近詠んだ和歌などを見せてくれた。
聞けば氏真は長くBL作家として活動してきたが、学校にも行かず独自路線を突き進み過ぎたため、今の時代に合わず仕事が減ってきたのだという。固定読者がいて量産できる力があっても、次々と後輩が出てくるBL小説界隈で、第一線で居続けることは難しい。これまで独学でずっとやってきたので、改めて基礎からやり直すのだとか。
というわけで氏真と私はBL小説作家育成専門学校に通い始めたのだが、中学時代と同様に氏真はすぐに学校に来なくなった。けれど行かなければ、という気持ちは持っているらしく、時間割を聞いてきたわけだ。
現代BL
古典
数学BL
世界史BL
蹴鞠
即興BL
「秀頼君がでかい」
「信雄君推し」
といった級友情報と一緒に明日の時間割を送ると「蹴鞠だけ出る」と返信が返ってきた。だけどもちろん学校には来なかった。
私がいつだって誰よりも早く集合場所に来ていたのは、級友たちをモデルにして書くBL小説の執筆が一番捗る時間だったからだ。もちろんそんなことは誰にも言わなかった。BL小説専門学校に通い始めた今でも言っていない。
「実在する人物をモデルにして書くのはやめましょう。後で訴えられる可能性があります」
講師が一番最初に言ったことだった。私は一度もそれを守れたことがなかった。氏真が書くBL小説には確かに、私を始め実在する友人は出てこなかったことを思い出した。というかあまり人間が出てこなかった。寺社仏閣とビル街とのBLとか、鎧と手裏剣のBLとか、年貢米とししおどしのBLとかばかりだった。そんなジャンルがメジャーで流通しているのはこの国だけらしい。
十年前と同じ、氏真のいない教室で私は、今のクラスメイトたちと氏真が仲良くなるBL小説を書いている。学校の課題でもない。BL小説新人賞に出すものでもない。どこにも出さず、誰に見せるわけでもない。同時代のみんながいなくなった頃、ひっそりと読み返して楽しむために、私は書き続けている。長く生きたい。待つことは得意だ。いつまでもいつまでも何もかもを待っている。
LINEの通知音は響かず、代わりのようにホトトギスが鳴いた。
(了)
今週のシロクマ文芸部のお題が「待つ時間」だったので、松平元康(徳川家康)と今川氏真の話を書きました。若干史実と違う部分もあります。