
「水尾ボブ物語」#シロクマ文芸部
※BL注意
水を飲む水尾ボブを眺めながら描いたラフスケッチを水尾ボブに見せようとした。
「いや、いい」と水尾ボブは断るのだ。
「水を飲む君が美しすぎるから描いたというのに」
「どうせまた犬の化け物みたいな絵になっているんだろう」
平気で失礼なことを言う水尾ボブに向かって私はスケッチブックを突きつけた。そこには犬の化け物など描かれてはいなかった。
「ファッキン、熊の化け物じゃないか」
「もっとよく見ろ」
それから押し合い圧し合いになるうちにもつれあって、絡み合って、流れで抱き合った。
水道水を手のひらで受けて飲む水尾ボブに聞いてみたことがある。
「お茶でもジュースでもなく、どうして水ばかり飲むのだ」
「腹を壊す」
私は水尾ボブの割れた腹筋をパンチした。私と暮らし始めてから、部屋の中で水尾ボブはいつでも上半身裸だ。
「やめてくれ、痛い」私はやめた。しかしやめると水尾ボブはもの足りなさそうな顔をするのだった。
「唾液でも腹を壊すのか」
「唾液は大丈夫だ」
ならば、とキスを交わした。流れでもつれあって絡み合って抱き合った。
二人で暮らすようになって初めて迎えた夏、暑さに耐えきれずに、水尾ボブは外でも上半身裸でいるようになった。水道を見つけるたびに水を飲んだ。その様子を私はスケッチして、化け物の絵が増えていった。
「お前も脱げばいい」私はそうした。
水尾ボブの割れた腹筋と比べると、私の腹はたるんでいた。壮年の男性二人が上半身裸で往来を歩く、というのはどうかと思ったが、暑さにやられた男女がそこかしこで上半身裸になっていた。倫理観は暑さに負けやすい。
「飲み物を買う」と私は言った。
「そこの公園の水道で水を飲めばいいのに」
「君と違って、私は水を飲むとお腹を壊すんだ」
「唾液はどうか」
「唾液は大丈夫だ」
往来で抱き合った私たちは逮捕されたので三年半ほど物語を省略する。
模範囚だったため私より先に刑期を終えていた水尾ボブを訪ねると、知らない男がいた。水を飲む水尾ボブの様子を、水を飲む水尾ボブだと分かるように描いていた。対抗して私も描いてみたが、服役中は絵を描いていなかったので、犬の化け物にしか見えない絵しか描けなかった。
「上半身裸じゃないんだな」と私は水尾ボブに言った。見知らぬ男とはその程度の関係なのだ、と私は見破った気でいた。
「真冬だからな」エアコンもストーブもつけないでいる部屋は寒かった。
私たちは寒さから逃れるために、裸になってくっついて抱き合った。そうなるんじゃないかと思ってた。
翌朝「絵を教えてくれないかな」と私は見知らぬ男に言った。本当は教わる気なんて全くなかったのに。水尾ボブの部屋に居続ける理由が欲しかった。
「最上川マーリーだ」と彼は言った。最上川マーリーの絵の教え方は素晴らしく、私が水尾ボブを描いても、犬の化け物や熊の化け物になってしまうことはもうなかった。そこには愛らしい犬や熊の絵が仕上がるのだった。
(了)
今週のシロクマ文芸部「水を飲む」に参加しました。