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説明義務は深さではなく範囲で広がった〜選ばなかった選択肢の話〜

    乳がんの手術で、確立した術式を選んだ医師が、確立していない療法について説明する義務を負った。その療法を実施している他院の名称と所在まで含めて。

    最高裁平成13年11月27日判決。説明義務がどこまで及ぶのかを示した事案だ。

    医療をめぐる訴訟で、手技そのものの過失を立証するのは難しい。当時の医療水準に照らして手が適切だったかどうかは、専門的な判断が幾重にも積み重なる領域になる。争点は、立証しやすい側へ寄っていく。何を説明したか、何を説明しなかったかは、記録と証言で争える。

    外側へ伸びる

    事件番号は平成10年(オ)576号。第三小法廷、民集第55巻6号1154頁。参照法条は民法415条。

    裁判要旨はこうまとめられている。当時の医療水準として確立していた胸筋温存乳房切除術を採用した医師が、未確立であった乳房温存療法を実施している医療機関も少なくなく、相当数の実施例があって、実施した医師の間では積極的な評価もされていること、当該患者の乳がんについて乳房温存療法の適応可能性のあること、当該患者が自己への適応の有無と実施可能性について強い関心を有することを知っていた。こうした事実関係のもとでは、医師には、乳房温存療法の適応可能性のあることと、それを実施している医療機関の名称や所在を、その知る範囲で説明すべき診療契約上の義務がある。

    他院の所在まで。

    判示事項と裁判要旨のどこにも、患者が理解できたかどうかは出てこない。説明を尽くしたかどうかの基準を、理解の側から引き直した判決ではない。動かされたのは、何を説明すべきかの範囲だ。

    医療水準として確立した治療を選ぶことは、それ自体としては責められていない。責められたのは、選ばなかったほうについて触れなかったこと。しかも、その選ばなかったほうは、当時まだ医療水準に達していない。

    説明の範囲は、医師が選んだ選択肢の外側へ出た。

    この判決の結果は破棄差戻だった。原審は大阪高裁平成9年9月19日判決、事件番号は平成8年(ネ)1678号。高裁の判断が最高裁で覆されている。範囲がどこまで及ぶかについて、下級審と最高裁で見方が分かれた。

    選ばなかった術式

    同じ構造の事案が、医師向け情報アプリHOKUTOの記事で紹介されている。福岡地裁が2025年9月9日に言い渡した判決で、被告は九州大学病院。冠動脈バイパス術後に脳梗塞を発症したというものだ。判決原文と判例集の書誌情報は確認できていないため、事案の内容は紹介記事の記述による。

    脳梗塞のリスクそのものは、術前に説明されていた。問題とされたのは、人工心肺を使う術式と使わない術式のどちらを選ぶかについての説明が不十分だった点で、賠償額は約160万円とされている。

    両術式の脳梗塞リスクについては、メタアナリシスがある。2024年に発表された28件のランダム化比較試験を含む39報、16,090例の解析で、短期の脳梗塞発生率は人工心肺を使わない術式で1.27%、使う術式で1.78%。オッズ比0.74、P値0.03。統計的には有意だが、差そのものは0.5ポイント程度で、術者や施設の習熟度による変動のほうが大きいと考えられる範囲に収まる。

    それでも、選ばなかった術式についての説明が争点になった。平成13年判決が未確立の療法にまで範囲を伸ばしたのと、向きは同じだ。医師が採用しなかったものが、説明の対象として立ち上がってくる。

    しないという選択

    美容医療では、範囲がもう一段外へ出る。

    東京地裁平成15年4月22日判決は、その理由を明確に書いている。美容医療は、より美しくなりたいという個人の主観的願望を満足させるために行われるものであって、生命ないし健康の維持に必須不可欠なものではない。だから、患者がその治療を受けるべきか否かを判断するための情報が与えられるべき要請は、一般の医療行為よりも大きい。判例タイムズ1155号257頁。

    京都地裁昭和51年10月1日判決も、同じ方向を向いていた。患者が合併症と比較してなお手術の実施を望むか、断念するかの自由を有する、と述べたうえで、美容に重点があり是非必要とする手術でない場合は一層そうだ、と続けている。

    説明の対象に、施術しないという選択肢が入る。しなくても失うものがないのだから、しない場合にどうなるかを知らせなければ、選んだことにならない。

     
     
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