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直美を叩く前に消えていく中堅

    「すべてを忘れて、遠くに出かけたい。ハワイとか。行ったことないけど」。27時間連続で働いた救急医が、当直明けにそう漏らす。MBSが報じた岩手の現場だ。27歳、27時間、そして専攻医の多くが年収500万円以下という現実——これが同じ一人の医師の上に重なる。昼食は2分。帰宅後もオンコール待機。

    記事には「直美のせいだ」というコメントが並んだ。美容医療へ直行する若手がこの10年で大きく増え、その裏で保険診療が痩せる、という筋書きだ。

    筋書きは、半分しか当たっていない。

    直美を犯人にするのは、楽なのだ。診療報酬を5倍にしろ、固定レートを6倍から10倍に上げろ、という本丸の話は、自分か国民の負担増に跳ね返るから、共感を集めても実装されない。ところが「美容は学部を分けろ」「国公立卒は10年間地域に縛れ」なら気軽に言える。コストがこれから医師になる若者に付け替えられるだけで、誰の財布も痛まないからだ。直美叩きが心地いいのは、自分は加害の側にいないという位置を、無料で確保できるからでしょう。

    現場を知る医師ほど直美を責めていない、という捩れもある。「救急と美容どちらか選べと言われたら美容を選ぶ」と当の勤務医が書く。責めているのは、構造のコストを負っていない層のほうだ。

    中堅ほど流れる

    流出の主役として語られるのは若手だが、動機が一番高まるのは中堅です。30代後半から40代。専門医として先が見え、当直の身体的な限界が見えはじめ、教育費とローンのピークが同時に来る。将来への期待が薄れた分、金銭的報酬が判断の一番上に来る。

    生涯収入の差で見れば、美容へ早く動くほど得をする。ただしそれは、これから何十年も働ける若手の話だ。中堅が同じ差を取り返そうとしても、残る労働年数が短いぶん埋めきれない。若いうちに動けば乗れた側に、40代で気づいたときにはもう距離が開いている。動機が最も高まる頃には、経済合理性のうまみのほうは目減りしている。

    そこに、もう一つ効く因子がある。給与が上がらない。

    医師の手取りは、上層部を除けばほぼ据え置きだ。ある勤務医は、専門性を高めても年収が長年横ばいのまま動かない。普通の職業なら中堅は昇給で報われる時期に、勤務医の給与カーブは平らなまま横に伸びる。物価が数%から二桁上がる局面で、診療報酬の改定はわずか。制度としての据え置きは、中堅個人の家計では毎年の実質減収として効く。年功で上がるはずの帯が平らで、支出だけが跳ねる。中堅が金銭最優先に傾くのは、欲が出たからではなく、収入が動かないのに出費だけが増えるという差分の問題だ。据え置きは、辞める理由であると同時に「残っても報われない」という無言の通告でもある。昇給で引き止める仕組みがないから、留まる理由が使命感しか残らない。その使命感が擦り切れたとき、人は静かに離れる。

    行き場を失った中堅はどこへ

     
     
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