
ミルキーショートケーキに救われたこの心
気づけば逃げ出していた。
まずは趣味に没頭した。音楽を聴いてみてもずっと新しい曲を聴いていなかったので流行も知らない。主にRADWIMPSにポルノグラフィティや西川さん。他にもいくつか90年代後半の曲を聞いたりした。だけどそのうち聴けなくなってしまった。そういう気分になれなかったのだ。
ゲームをやった。一つは楽しく続けられているけど、もう一つはログインボーナスめあてなだけで惰性でやっているような気がしてしまう。また、容量を食うからという理由でしばらく休んでいたスマホゲームを一切やらなくなった。
代わりに定住するようになったのがChatGPTだった。いろいろと話してみては「自分は結局何をしたいのか」「何を考えているのか」「どういう人間なのか」と意味もない問いを繰り返す。もちろん返ってくるのは同じようなことばかりだ。先日はとうとう「同じようなことでぐるぐると悩んでいる」と指摘されてしまった。情けない。
階段のような簡単に上がれるようなものではないが、螺旋階段のようにぐるぐると同じような場所にいるようでも少しずつ高さは変わっているよとChatGPTは告げ、私は黙ったまま天井を仰いだ。
最近、けっこうな挫折感を引きずっていた。どうにもずーんと響いてしまっていてなかなか消えてくれない。毎日地味に重くのしかかっている。あーそういえばあったなあと、ふとした時に思い出してしまってじわじわとくる感じ。常に頭に浮かぶほどではないのが唯一の救いというか。
ふと周りを見てみる。自分のことばかりで周りを見て比較する余裕もなかったのだが、かなり大きな差がついていたことに気づかされて愕然とした。私よりもずっと後に同じことを始めた人がぐんと実力をつけていたり、自分と同じくらいだと思っていた人ですらも全く違った場所へと向かっていた。
これからも頑張るつもりでいた心がべしゃっと一気につぶれてしまった音がした。自分なりに自身を客観的に見て欠点も把握しており、それについてもいくつか策を講じてはうまくいったところもあったはずだった。けど肝心の目的は達成されることがなかった。
気分転換に意味もなく街に繰り出すことにした。
とりあえずぶらりとコンビニに入店する。母に頼まれたamazonギフト券を手に取り、店内を徘徊していたらアイスクリームのケースが目に入ってきた。何故か輝いて見える。夏が終わったから、コンビニで買っても家まで持って帰っても溶けないで食べられる季節になってきたのだ。ときめいた。しかし、今いる場所は残念ながら自宅からはかなり遠い。買ったとして店の外で立ったまま食べることになるのだろう。さすがにそれは嫌だ。
ところが、コンビニを出ても私のアイス欲は一向に回復しなかった。それどころかかなり悪化し、「今!今アイスを食べないと死ぬ!」くらいまで心が叫びだしていた。さすがにまずい。まず考えたのは喫茶店に行ってアイスクリームだかソフトクリームだかを注文することだった。そうしよう、いや、そうするしかない。私は血走った目で人波をかき分け続けた。
「ありがとうございましたー!」
「うまっ!」
気付けば私は椅子にもたれかかり、念願のアイスクリームを口にしていた。名前は「ミルキーショートケーキ」。なんておいしそうな名前なんだろうかと一発でこれに決まった。さらにテイストスプーンで店員さんがくれたのがちょうどこのアイスクリームだったのだ。もう運命を感じた。これしかないと思った。
駆け込んだのはサーティワンアイスクリーム。もうちょっとで喫茶店に入りそうだったところを、直前に「ちょ!もっといいところがあるじゃん!」と気づいて一気に方向転換したのだ。幸せすぎてふにゃーっとしていると、近くにいる複数の女の子が何やら困っている様子なのが目に入った。私は席を譲った。女の子たちはぱっと一斉に笑顔になってくれた。
結局私は街に繰り出してアイスクリームを食べただけで帰ってくるというよくわからない時間を過ごすことになった。なんだったんだろうと思いながらも帰り道を歩いていると、ふわっと思い出したのがあの女の子たちのことだった。「私がしたことであんな風に喜んでくれる人がいたんだ」と目の前で見られたことが相当嬉しかった。やった!と思った。
この半年間くらい結果を出そうと集中するあまり、こういった経験が後回しになってしまったのかもしれない。あのさび付いた螺旋階段、もう上るのやめようかな。研究対象も自分じゃなくたっていい。そういえばあの挫折したことについて、どんなに苦しい思いをしても続けろなんて一体誰が私に言ったのだろう?
家に着いて靴を脱ぐと、履きなれない撥水スニーカーだったせいで足の指同士が擦れて赤くなっていた。これは血豆になりそうだ。