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Photo bytomdante

1986年当時の機材

    先日、配信シングル「俺達の誓い」をリリースしましたが、この曲は1986年に作った曲のリメイクであることはお知らせしました。もう40年前ということになります。信じられないような、いや、まぁそれなりの時間は経ってるか、と思うような…。どちらにせよ、確実に40年経っているのは歴然たる事実なのですから、やっぱりそうなのでしょう。

    40年前の録音には、TEACの4トラックカセットMTR、PORTA ONEをレコーダーとして使用しました。これが1984年か85年に発売されて、自宅録音の垣根が一気に下がりましたね。当時の価格で99,800円。10万円を切るというのは衝撃でした。カセットMTRは144とか244が既にありましたが、当時20万円弱しており、アマチュア高校生にはとても買えるものではありませんでしたから。

    録音の方法としては、曲を完成させて構成も決め、全体像をカッチリ決めたらドラムのプログラムを組み、それをレコーダーにまず録音するということから始めてました。何故そのようなやり方だったのかというと、シーケンスを組める機材がリズムボックスしか無かったからです。当時はシーケンサーというものは独立した機材として存在しており、鍵盤楽器のプログラムはそうした機材がないと出来ませんでした。一部のシンセサイザー、例えばROLANDのPOLY800や、CASIOのCZ5000などにはシーケンサーが内臓されておりましたので、色々やりようがあったでしょうけど…。当時単体のシーケンサーを買うとなると、ROLANDのMC-4やYAMAHAのQX-1などになったと思いますが、そんなものは高価過ぎて買うことが出来ませんでした。今からすると大した容量でもないのですが、当時はデジタル黎明期。1986年とはそんな時代だったのです。

    リズムボックスは、KORGのスーパードラムスDDM-110を使ってました。これの音色はバスドラム、スネア、リムショット、ハイハットクローズ、ハイハットオープン、ハイタム、ロータム、シンバル、あとタンバリンとライドがあったかなぁ???それを1小節ずつメモリーして、曲の構成分のドラムプログラムを組むという訳です。DDM-110はパラアウトは出来ず、ステレオアウトは可能でしたが、MTRのトラックの関係でモノラルで録音してました。パートごとのバランスは取ることが出来ず、設定されたバランスでしか対応出来ませんでしたが、そんなことは何とも思いませんでしたね😁。

    ドラムの後はベースです。曲によっては生ベースを弾いていましたが、高校2年の時、YAMAHAのシンセサイザーDX100を手に入れ、シンセベースでも録音するようになりました。「俺達の誓い」はどっちだったかなぁ?テンポの速い8ビートなので、生ベースを弾いていたかもしれませんね。シンセベースだったとしても手弾きです。前述したように、シーケンスを組むことは出来ませんでしたから。

    DX100を選んだ理由は価格です😁。売価は近所の楽器屋で5万円を切っていたと記憶してます。FM音源ですがミニ鍵盤で49鍵しかなかったので、弾くのは非常に苦労しました。高校2年くらいになると、ピアノもコードプレイくらいは出来るようになっていたので、曲の根幹となるピアノの音色をモノラルで1TRに録音しておりました。

    ドラム、ベース、ピアノでそれぞれ1TRずつ使い、3TRをピンポン(バウンス、などという言葉は当時ありませんでしたが)して1TRにまとめると、3TR空きが出来ます。そこにギターとコーラスなどを組み合わせ、2TRを更にピンポン、残りの2TRにボーカルとギター、またはコーラスなどを録音していきました。ギターソロなんかがある曲だと、同じTRのコーラスのない部分に差し込んだりして、とにかく無駄のないように詰めて録音していきましたね。しかし物理的に不可能なことが多く、コーラスは基本的に3度上、もしくは下をハモる、くらいしか出来ませんでした。

    エフェクトは掛け録り、MTRはセンドリターンが出来る仕様でしたがそれの意味も分からず😁、録音時にエフェクトの全ての設定をするという乱暴なやり方をしてましたね。ギターもアンプは使わずエフェクターからの直ライン。アンプシミュレーターなどというものは存在しておりませんでしたので、貧弱な音のまま録音してました。「これはデモテープ。いずれはフリーダムスタジオで録るんだからいいんだ!」と自分に言い聞かせてました😅。

    使っていたマイクは楽器ではなく、近所の電気屋で買ったダイナミックマイクでした。3,000円くらいのおもちゃのようなものです。一番こだわらなくてはいけないところを蔑ろにしてましたね…。

    最後にリードボーカルを録音し、あとはミックスダウンです。とは言っても4TRしかないし、ほとんどピンポンでまとめられているので、バランスの取りようがない感じだったのではないでしょうか。TRの関係で、ボーカル録音の後にコーラスを録るということは殆ど無かったと思います。ミックスダウンはMTRからカセットデッキに2TR2チャンネルで録音して終了。これがマスターテープになったという訳です。

    当時はミックスダウンを終えたら終了、という感じでした。マスタリングという概念はよくわからなかったし、そんな機材もありませんでしたから。エフェクターはMAXONのDM2000といったかな?そのディレイと、BOSSのハーフサイズのイコライザーだけで、あとはエレキギターのエフェクターHM-1とDS-1だけだったんじゃないかな?リバーブが無かったので、そのような効果をディレイで作ってました。

    「俺達の誓い」は、元々はそんな感じで制作されました。本当はここでお披露目出来れば面白いのですが、とてもとてもお披露目出来るような代物ではないので…。でもその当時の音がどんなものであったのかは、機会があれば聴いてもらいたいなとも思っております。


     
     
    1970年生まれ。ソロアーティストとしての作品の他、CM音楽や各種音源制作、他アーティストの編曲、演奏サポートなど、様々な音楽活動も行っております。 https://daisukewatanabe.square.site

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