
【アドラー心理学】「横の関係」から考える、教室の人権教育
1 アドラー心理学と人権の深いつながり
法務省人権擁護局では、「人権」を次のように定義しています。
「全ての人々が生命と自由を確保し、それぞれの幸福を追求する権利、あるいは人間が人間らしく生きる権利で、生まれながらに持つ権利であり、誰にとっても身近で大切なもの、違いを認め合う心によって守られるもの」
つまり人権とは、特別な誰かだけに与えられたものではなく、誰もが平等に持っている権利であり、人と人とが対等であることを示す根幹となる考え方です。この人権の概念は、アドラー心理学の根本にある哲学と深く通底しています。
アドラー心理学では、年齢や立場、役職、性別などの違いを超えて、すべての人間を「同じ地平(横の関係)にいる、尊重すべき存在」として捉えます。これがアドラー心理学における「横の関係」と呼ばれる考え方です。
一方で、人間関係の中で立場や力関係を利用し、どちらかが上でどちらかが下であるかのように扱う関係を「縦の関係」と呼びます。大人が子どもを力で支配しようとしたり、指導の名のもとに見下したりするような状態は、典型的な「縦の関係」と言えます。
すべての人が等しく人権を持つと考えるとき、それはアドラー心理学の目指す「横の関係」のあり方と重なります。教室の中で人権を守り育てるということは、子どもたちと「横の関係」を築いていくことに他ならないと感じています。
2 子どもたちと「横の関係」を築く日常のアプローチ
日常の学級経営の中で、子どもたちに「横の関係」を安心感とともに実感してもらうために、私は次のような意識を持って関わっています。
学級びらきでの宣言
4月の最初、学級びらきの時間に子どもたちへ次のように伝えます。
「先生は偉いわけではありません。確かに勉強を教えたり、学校生活のルールを伝えたりする立場ではありますが、それは役割の違いに過ぎません。人間としての価値は、みなさんも先生も全く同じです」
一度伝えるだけでは、長年「大人は上、子どもは下」という環境で過ごしてきた子どもたちに真意が届きにくいこともあります。そのため、一回きりの説明で終わらせず、1年間を通して言葉と態度でブレずに伝え続けることが大切になります。
感情的に怒鳴らず、真の感情を伝える
教員が感情的になって子どもを怒鳴るという行為は、相手を下に置く「縦の関係」から生まれがちな反応です。
アドラー心理学では、「怒り」を感情の最終段階である「第二次感情」と考えます。その手前には、期待外れの切なさ、心配、悲しさ、恐怖といった「第一次感情」が存在しています。
感情的になりそうなときは、アンガーマネジメントで知られる「6秒やりすごす」を活用しつつ、ただ耐えるだけでなく、自分の奥にある本当の感情(「怪我をしなくてよかったという安堵」や「ルールを守ってもらえず悲しかった」など)に気づくようにします。そして、「先生はそうされると悲しかったんだよ」と素直な言葉で伝えるようにしています。
トラブルが起きたときは「裁判官」ではなく「仲間」として向き合う
以前の私は、子ども同士のトラブルが起きるたびに「裁判官」になって「誰が悪いのか」「どちらが正しいのか」を白黒はっきり判定し、言い聞かせるように叱っていました。しかし、これでは子どもとの間に対等な信頼関係は生まれません。
現在は、問題が起きたときに子どもと同じ方向を向きながら、一緒に解決を目指すスタンスをとっています。裁く存在ではなく、一緒に考えるパートナーとして関わることで、子どもは「この先生は自分の仲間なんだ」と安心して本音を話してくれるようになります。
3 授業実践:平和学習・読書・感情のピンポン図
ここからは、私が小学校6年生のクラスで行った具体的な実践例をご紹介します。すべての学級にそのまま当てはまるわけではないかもしれませんが、みなさんの状況に合わせて取り入れられる工夫を見つけていただければ幸いです。
平和学習での深め
6年生の総合的な学習の時間や社会科の歴史学習では、戦争の悲惨さや原子爆弾の恐怖、人種や出自による差別的行為について深く学びます。子どもたちの心が傷つかないよう配慮をしながらも、当時の人々の苦しみに寄り添い、決して過去の他人事ではなく自分自身の課題として捉えられるような思考の時間を設定します。
読書教材「いのちの食べかた」の活用

今年度、子どもから教えてもらった非常に優れた教材を活用し、人権への理解をさらに深めました。
物語の序盤では、私たちが日常的に口にしている食べ物がどのようにして目の前に届くのか、命をいただくプロセスが分かりやすく語られます。そして後半に入ると話題は深まり、食肉加工に関わる人々が歴史の中でどのように社会から扱われてきたかという背景や、戦争が起きる根本的なメカニズムへとつながっていきます。
文章を読み進めるにつれ、子どもたちの中に「人権侵害を絶対に許さない」という温かくも強い道徳的感情が育っていくのを感じました。
授業後の子どもたちの感想を一部紹介します。
・まず真実を知ることが大切。知った上で想像して、差別される人々の痛みや苦しみを自分のこととして理解したい。
・人は誰かに見下されるから、自分より下になる見下す対象を探してしまうという話が、先生の言っていた「感情のピンポン図」に似ていると思った。
感情のピンポン図と生活への還元

子どもたちの感想に出てきた「感情のピンポン図」とは、私がアドラー心理学で学んだ心理の仕組みを、子どもたちにも分かりやすいようにアレンジして紹介した概念です。
本来、人は誰しも対等な価値を持っています。しかし、自分に自信がないときや不安なとき、悪口や陰口、暴言などで誰かを見下すことで、一時的に「見かけ上の自分の価値」を高く感じようとすることがあります。見下された側は「自分の居場所が脅かされた」と感じ、今度は自分の価値を保つために相手を下に下げようとやり返します。これが「感情のピンポン」です。
このやり取りは終わることなくエスカレートし、集団の中でのいじめや、国同士の争い=戦争にも同じ構造で発展していきます。
この連鎖を止めるには、まずこの仕組み自体を冷静に思い出すことが重要です。
相手から価値を下げるような言動を向けられたとき、「この人は、誰かを下に下げないと自分の居場所がなくなってしまうと焦っているのだな」と受け止め、「相手がどう出てこようと、人間としての自分の価値は変わらない」「私とあなたは対等である」と自覚し直すことが大切だと伝えています。
こうした一連の学びを通して、日常のトラブルでも教師が一方的に正解を押し付けるのではなく、両者が折り合いをつけられるポイントを探れるよう仲立ちし、「自分たちの問題は自分たちの手で解決できる」という主体性を育めるようコーディネートしています。
4 おわりに
人権教育というとどこか大げさで難しく捉えられがちですが、「自分も相手も対等な存在として大切にする」というアドラー心理学の「横の関係」を軸に置くことで、子どもたちの身近な人間関係から平和への意識まで、一本の筋が通った学びへとつながると感じています。
※本稿は、筆者がアドラー心理学の専門機関で学んだ内容をもとに、実際の学級経営や授業に応用した実践記録です。アドラー心理学の専門的な解釈としては多様な見解が存在するかと思いますので、本質的な理論の学びにつきましては、専門機関でのご学習をおすすめいたします。