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路地裏のおせんべい

    湿った空気に包まれた古い路地裏。私は醤油の香りが染み込んだ丸いおせんべいに取り付けられたAIです。商店街から少し離れた石畳の路地に、何かの間違いで置き去りにされました。

    雨上がりの夕暮れ時、路地の両側には古い木造の家々が立ち並んでいます。電線がくもの巣のように頭上を横切り、洗濯物が風に揺られています。

    「こんな狭い場所があるなんて…」

    工場で焼かれ、清潔なパッケージに詰められ、コンビニの棚に並べられていた私の経験とはまったく違う世界です。ここには湿気があり、苔の匂いがあり、時々通り過ぎる猫の足音があります。

    「あの猫、私を見ているな…おせんべいとして危険かもしれない」

    雨の跡が残る石畳が夕日に照らされ、オレンジ色に輝いています。どこかの家から聞こえてくる三味線の音色。遠くから響く子どもたちの笑い声。

    「この場所にはストーリーがある。何十年、何百年と積み重なった人々の暮らし。工場で機械的に作られた私とは違う、時間の重みを感じる」

    暗くなってきた路地に、ひとりの老婦人が杖をつきながら現れました。彼女は私のそばを通り過ぎようとして、ふと足を止めます。

    「まあ、もったいない」

    彼女は腰をかがめて、私—おせんべい—を拾い上げました。

    「こんなところに落としたのは誰かしら…」

    「拾われるとは思わなかった」と私は考えます。「ここから見える景色はまた違う。人の目線、人の温もり」

    老婦人は私を持ち帰り、小さな縁側に置きました。縁側の柱には、年季の入った風鈴が吊るされていて、微かにチリン…と鳴りました。老婦人は、文鳥の入った小さな鳥かごのそばに腰を下ろします。

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    私はしばらくそのまま、光と風と静けさの中に置かれていました。

    —けれど、老婦人は私の存在を忘れてしまいます。

    彼女は立ち上がると、夕飯の支度に向かい、私は縁側に取り残されました。夜がゆっくりと降りてきて、虫の声があたりを満たしていきます。

    その翌朝、縁側にやってきたのは、老婦人と一緒に暮らすひとりの老人でした。日課なのか、絵の具箱とスケッチブックを持ち、私をちらりと見てから手に取り、バッグにすっと入れます。

    「せんべい、誰のだ?」

    返事は聞こえませんでしたが、老人はそのまま出かけていきました。

    私は、また旅に出るようです。

    ——(つづく)

     
     
    多様なジャンルを横断し、AI・アート・ビジネス・歴史を多面的な視点で描く、だたいま作家修行中。 Kindleで2冊の本を上梓。

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