メインコンテンツへスキップ
見出し画像

辞書で調べた単語は忘れるのに、失敗した単語だけ覚えている

    私の語彙は、恥の数でできている。

    ふと、自分がちゃんと覚えている英単語を数えてみたことがあります。

    正確には「どうやって覚えたか思い出せる単語」です。

    出てきたのは、見事に失敗の記録ばかりでした。

    たとえば「spicy」。

    昔、辛いものが苦手なのに、海外の料理店で店員さんの「スパイシー?」という確認に、ノリで「Yes!」と答えてしまったことがあります。

    出てきた料理は、涙が出る辛さでした。

    汗だくで完食したあの日から、spicy を忘れたことは一度もありません。

    たとえば「pull」。

    押しても開かないドアを3回押して、店内の人と目が合ってから「PULL」の文字に気づきました。

    引く、です。それ以来、ドアの前では必ず読みます。

    たとえば「fragile」。

    海外の友人に荷物を送るとき、割れ物注意の書き方が分からず調べました。

    無事に届いたと連絡が来たとき、fragile は私の中で「守ってくれた単語」になりました。

    一方で、単語帳や辞書で「勉強」した単語はどうか。

    たくさん調べたはずなんです。

    でも、いつどこで調べたか思い出せる単語は、ほとんどありません。

    思い出とセットになっていない単語は、するすると抜けていく。

    思い出とセットの単語は、忘れたくても忘れられない。

    記憶って、公平なようで、ずいぶん偏った採用基準を持っています。

    どうやら私の脳は「感情が動いたかどうか」で、保存するかを決めているようです。

    辛かった、恥ずかしかった、ほっとした。

    感情の伝票が付いた単語だけが、長期保存の倉庫に入れる。

    そう考えると、失敗は単語の最高の接着剤です。

    机の上では、感情はなかなか動きません。

    だから机の外での失敗が、一番の暗記術になってしまう。

    皮肉なものですが、ちょっと救いのある話でもあります。

    だって、失敗するほど覚えられるなら、失敗を怖がる理由が減るからです。

    あの辛い料理も、開かなかったドアも、当時は小さく落ち込みました。

    でも数年たったいま、残っているのは恥ではなく単語のほうです。

    恥は蒸発して、語彙だけが残る。

    なかなか良い交換条件だと思いませんか。

    この法則に気づいてから、机の勉強のやり方もひとつ変えました。

    単語を覚えるとき、その単語で失敗する場面を、勝手に想像するんです。

    この単語を聞き取れなくて、注文を間違える自分。

    この単語を読み違えて、逆方向の電車に乗る自分。

    架空の失敗でも、少し感情が動くのか、ただ眺めるよりは残る気がしています。

    本物の失敗の接着力には、まだまだ及びませんが。

    これからも私の語彙は、きっと失敗の数だけ増えていきます。

    次はどんな恥ずかしい思いをして、どんな単語を一生ものにするのか。

    少しだけ、楽しみにしている自分がいます。

    あなたへのおすすめ