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【オランダから考えるサーキュラーエコノミー #21】観光地ではなく、日常の地域を見る

    ― 高知県 四万十で考えた、地域に価値を残すということ ―

    高知県 四万十は、私にとって初めて訪れる土地ではありません。

    義理の両親の故郷でもあり、これまで何十回とも足を運んできました。

    ただ、これまで訪れるのはゴールデンウィークやお盆など、人が動く時期がほとんどでした。

    四万十川には観光客がいて、道路には県外ナンバーの車が走り、飲食店にも人がいる。

    私にとっての四万十は、長い間そういう風景でした。

    ところが今回、初めて平日の四万十をゆっくり見る機会がありました。

    同じ場所なのに、印象はかなり違いました。

    人通りは少なく、静かな時間が流れていました。


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    近郊の大型商業施設の開発により
    閑散としている地元商店街
    Photo by Eiji Yamamoto

    もちろん、たまたま訪れた時間帯や場所の影響もあると思いますし、「人が少ない=地域が衰退している」と単純に捉えるつもりはありません。

    ただ、これまで自分が見ていたのは、四万十という地域の一つの顔だったのだと気づきました。

    観光地として見る地域と、そこで暮らす人の日常を見ることは、同じではありません。


    観光客がいる時間と、地域の日常

    観光地に行くと、私たちはどうしても「訪れる側」の視点で地域を見ます。

    景色がきれい。
    食事がおいしかった。
    宿が良い
    また来たい。

    それ自体は大切な循環です。

    四万十川や沈下橋をはじめ、この地域には外から人を惹きつけるものがたくさんあります。


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    四万十川の沈下橋
    Photo by Eiji Yamamoto

    一方で、地域に暮らす人にとっては、観光客が多い休日よりも、平日の方が圧倒的に長い日常です。

    学校へ行く。
    仕事へ行く。
    買い物をする。
    病院へ行く。
    商店を営む。
    農林水産業に携わる。

    そうした日々が積み重なって、地域は成り立っています。

    今回歩きながら考えたのは、

    観光で人が訪れることと、地域そのものが持続していくことは、必ずしも同じではない

    ということでした。


    「人を呼ぶ」だけで地域は循環するのか

    地方創生という言葉を聞くと、観光客や交流人口を増やすことがよく語られます。

    もちろん外から人が訪れ、お金が使われることは地域にとって重要です。

    ただ、その価値が地域にどれだけ残るのか。

    ここも考える必要があると思います。

    例えば、地域を訪れた人が宿泊し、食事をし、地域の商品を買う。

    そのお金が地域の事業者へ入り、そこで働く人の所得になり、別の地域の店やサービスで使われる。

    さらに、地域の生産者や職人へつながっていく。

    そうなれば、外から入った価値が地域の中を何度か巡っていきます。

    逆に、人は来ても、そこで生まれた価値の多くが地域の外へ出ていけば、地域に残るものは限られます。

    これは資源循環の話にも同様です。

    原料を回収しても、それが地域外へ出ていくだけなら、地域の中に新しい価値が生まれるとは限りません。

    何を循環させるかだけではなく、循環することで、どこに価値が残るのか。

    地域を考える上では、この視点も重要だと思います。


    「何もない」という言葉

    地方について話していると、ときどき「何もない」という言葉を耳にします。

    地方に住む方自身がそう言うこともあります。

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    最後の清流と呼ばれる四万十川
    Photo by Eiji Yamamoto

    でも、本当に何もないのでしょうか。

    四万十には川があります。

    山があります。

    農業や林業があります。

    食文化があります。

    地域で受け継がれてきた暮らしがあります。

    外から見ると、それ自体が大きな価値に見えるものも少なくありません。

    ただし、ここで昔からあるものを美化したいわけではありません。

    自然が豊かであれば地域経済が自動的に成り立つわけでもなく、文化や技術があれば自然に次世代へ残るわけでもありません。

    それを仕事にする人がいて、使う人がいて、買う人いる。

    「ある」ことと、「価値として循環している」ことは違う。

    四万十を歩きながら、そんなことを考えました。


    オランダで考える「地域」と、日本で見る「地域」

    オランダでサーキュラーエコノミーの現場を見ていると、資源循環だけではなく、地域の中でどのように仕事やサービスを成立させるかという議論にも出会います。

    リペア、リユース、地域エネルギー、既存建築の再利用、地域企業同士の連携。

    ただ、それらをそのまま日本の地方へ持ってくればよいとは思いません。

    歴史や文化も違います。

    住んでいる人達も違います。

    産業も違います。

    その地域、地域がそれぞれあるように四万十には、そこにしかない価値があります。

    だからこそ、欧州の事例を見るときにも「何をそのまま導入できるか」ではなく、

    その考え方を、その地域にすでにあるものとどう組み合わせられるか

    を考えていく必要があると思います。

    これは石川で考えたことともつながっています。

    地域には、すでに住んきた歴史があります。

    問題は、それを過去のものとして保存するだけではなく、今の暮らしや仕事とつなぎ直せるかどうかです。


    日常が続くことも、循環なのかもしれない

    以前は、サーキュラーエコノミーという言葉から、私自身もまず材料や製品を思い浮かべていました。

    廃棄物や材料を回収する。

    再生材にする。

    もう一度製品に戻す。

    もちろん、それは今でも循環経済の中心テーマです。

    ただ、地域を歩きながら、循環という言葉をもう少し広く考えるようになりました。

    地域に仕事が残ること。

    商店やサービスが続くこと。

    地域で育った人が、一度外へ出ても、何らかの形でまた地域と関われること。

    外から来た人との関係が、一度の観光で終わらないこと。

    地域で生まれた価値が、また地域の誰かの仕事につながること。

    こうしたものも、地域の循環なのかもしれません。

    大きな観光イベントの日ではなく、何も特別なことがない平日に、地域の日常を見る。

    今回の四万十では、そのことを考える時間になりました。


    地域に価値を「残す」

    四万十川の風景は、これからも多くの人を惹きつけると思います。


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    雄大な自然が多く残る高知県 四万十市
    Photo by Eiji Yamamoto

    私自身、何度訪れてもいい場所だと感じます。

    ただ、地域の未来を考えるときには、「何人来たか」だけでは見えないものがあります。

    その地域で誰がどうのように暮らし続けるのか。

    どうのように仕事を続けるのか。

    地域の産業や技術を誰が次へ継承していくのか。

    外から入ってきた価値を、どう地域の中へ残していくのか。

    サーキュラーエコノミーとは、モノを回すことだけではなく、

    価値が一度きりで消費されず、次の誰かにつながっていく仕組みを継続的につくること

    とも考えられるのではないでしょうか。

    観光客として何度も訪れてきた四万十を、今回少し違った時間の中で見ることで、そんなことを考えました。


    今回の問い

    観光で人を呼ぶことの先に、地域へ価値を残していくためには、何が必要なのでしょうか。

    そして、その土地にすでにあるものを、消費するだけではなく、次の世代へつないでいくには、どのような循環をつくればよいのでしょうか。

    皆さんの地域では、どんな価値を残していきたいですか。


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    夕陽に染まる四万十川
    Photo by Eiji Yamamoto
     
     
    YEJapan CEO/Circular E 創業者 オランダを拠点に活動するサーキュラーエコノミーコンサルタント。 欧州の政策・企業・現場から循環型経済を考察し、現地の議論や実践を、日本と接続しながら発信。 https://yejapan.com/

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