
映画「マイケル」を何度も見たくなる人々☺️
皆さん、こんにちは!
noteを見ていると、映画『マイケル』に何度も足を運んでいる方が、本当にたくさんいらっしゃいますよね!
皆さんが重ねている、その回数の意味と、そこに込められた愛の強さを感じて、いつも感動しきりの、えりーです。
さて、私も、これで映画『マイケル』を観るのは8回目になりました。
ここまで何度も観に行く自分について、ふと、こんなことを思ったのです。
映画館は、まるで「教会」みたい
私はプロテスタントのクリスチャンです。
だから、なのか。
私にとって映画『マイケル』は、単にマイケルの人生や音楽を観るための映画というだけではなく、神さまとつながるためのプラットフォームのようなものになっています。
大げさに聞こえるかもしれませんが、私にとっては、まるで教会の礼拝に通うような感覚で、映画館に足を運んでいます。
マイケルと彼のマザーが信仰していた宗教と、私の宗派は、まったく違います。それでも、根っこのところでは、通じるものがたくさんあるように感じています。
愛。希望。そして、創造の素晴らしさ……。
そういうものを、私はマイケルの音楽や生き方から感じます。
マイケルの歌には、根っこの部分に、いつも愛がある。だから、マイケルの曲って、まさに「ゴスペル」なんですよね。
映画が上映される約2時間の間、ずっと劇中で流れるマイケルの「ゴスペル」に、洗脳されている感じがしませんか……?(笑)。
「マイケル狂」ではなく、「マイケル教」?
もちろん、これは私の勝手な考えですよ(笑)。
でも、映画館に何度も足を運んでいる人たちの心の中には、もしかしたら、それぞれに「マイケル教」とでも言えるようなものがあるのではないでしょうか?
もちろん、本当の宗教という意味ではありません。
「自分にとってのマイケル」という、心の中にある特別な空間。
大切に守っている、神聖な場所。
そんなもののことです。
マイケルの音楽を聴く。マイケル(ジャファー君)の姿を見る。そして、あのリズムに戻る……。
映画館という同じ場所に、同じマイケルを愛する仲間が集まる。
それは、ある意味では、一つの祝祭儀礼のようにも見えます。みんな、それぞれの人生を生きながらも、また映画館という「教会」に、礼拝するように集まってくる。
そして、マイケルを通して、自分自身の心を見つめたり、愛や希望を思い出したりする。そう考えると、映画『マイケル』は、単なる映画ではなく、
みんなの心が、マイケルにつながるための場所なんだよね……!!!
だからこそ、みんな、この場所に何度でも帰って来たくなるんだ。
8回目の今日も、私はまたマイケルに会いに行っています。
神さまと、マイケルと、そして、マイケルが大好きだった、かつての自分に出会うために。
そして、世界中のマイケルファンの皆さんとつながるために。これからも、何度でも何度でも、映画館に行きたいなと思っています~~☺️
それでは、またお会いしましょう(#^.^#)
えりー