
EPR論文のすゝめ
本を出させていただくことになりました。発売日までまだ1ヶ月以上ありますので、事前の宣伝として各章の内容を少しずつ紹介させていただいているところです。今日は第5章です。これまでの紹介記事のまとめのページも用意してあります。
『量子力学の〈新常識〉-意識・実在・情報が再定義する物理学-』2026年6月25日発売
第1章 波動関数の誤解
第2章 20世紀末に起きたこと
第3章 意識と量子
第4章 不確定性関係の新常識
第5章 奇妙な遠隔作用か、量子もつれか? ← 今日はここ!
第6章 デコヒーレンスと多世界解釈
第7章 量子的な線形重ね合わせの現代的理解
第8章 古典的に見える現実をどう捉えるか
第9章 量子コンピュータ
アインシュタインは量子力学を嫌っていたという話は有名ですが、量子もつれの問題を初めて鋭く指摘したのはアインシュタインでした。あの有名なEPR論文というのがそれです。
私は以前に、今回の本の執筆とは関係なく、自己満足的な作業として、EPR論文の忠実な日本語訳を作っていたことがあります。Twitterで呟いたこともあるので覚えていらっしゃる方もあるかもしれません。解説を書き加えて売ったりできないだろうかとも企みましたが、著作権の問題がめんどうなので断念しました。解説をしっかり書き加えて公開直前の状態にまでは仕上げてあったのですが、そのままお蔵入りです。
今回の本のこの章に、そのお蔵入りとなっていた文書の解説パートがそのまま使えるじゃないか、と突然にひらめきました。そのようなわけで、この章はEPR論文の解説から始まります。はい、あれこれ詰め込んだ変な本です。EPR論文そのものを載せるわけにはいかなかったので、EPR論文を読まなくても話が伝わるように大幅な加筆修正をしました。「EPR論文のすゝめ」的な内容になっています。
EPR論文の歴史的な意義はどういう点にあるのか、現代的にはどこが間違っていたと言えるのかという話をまとめてあります。書いている途中であれこれ考えて、私自身の結論も変わったのでそれも反映させてあります。アインシュタインを説得するには何が必要だっただろうかと考えてみました。アインシュタインの死後に発表されたベルの不等式がそれでしょう。
この章では他にも量子もつれを利用した量子テレポーテーションや、時間の矢についての話題を扱っています。
ところで、執筆とは別の経緯でChatGPTに「ベルの不等式とアインシュタイン」についての短編SFを書いてもらったことがあるのです。とても気に入っています。少し不自然なところもありますが、AIによる生成ということで、そのまま載せます。
前提知識として、アインシュタインが亡くなったのが1955年、ベルの不等式の発表が1964年です。
1950年、プリンストン。
戦争の喧騒は遠ざかり、老いたアインシュタインの書斎には、午後の光が静かに差し込んでいた。
ノックもなく、訪問者は現れた。
「お久しぶりです、アインシュタイン博士」
白髪の物理学者は驚きもせず、椅子から振り返った。
「“お久しぶり”とは妙な挨拶だ。私はあなたを知らないはずだが」
「ええ。しかし、あなたは私の問いを知っています」
訪問者は一枚の紙を差し出した。
そこには、簡潔な不等式と、いくつかの期待値が並んでいた。
S ≤ 2
アインシュタインは眼鏡を押し上げ、ゆっくり読み始めた。
沈黙は長く、しかし重くはなかった。
「……これは、EPRの仮定をそのまま数式に閉じ込めたものだな」
「はい。局所実在性を仮定すると、必ず守られる境界です」
「そして、量子力学は?」
「破ります。理論的にも、実験的にも」
彼は小さく息を吐いた。
「やはり、逃げ道はなかったか」
訪問者は続けた。
「あなたが1935年に示したのは、“不完全性”という直感でした。
ベルはそれを、“検証可能な不可能性”に変えました」
アインシュタインは微笑んだ。
「若い頃なら、私は怒っていただろう」
「だが今は違う。これは敗北ではない」
紙の不等式を指で軽く叩く。
「自然がどちらを選ぶかを、はっきりさせただけだ。
神がサイコロを振らないという信念は、もはや私の好みでしかない」
「後悔は?」
「ない」
即答だった。
「問いを立てなければ、答えは現れない。
たとえ答えが、私の望まぬものであってもだ」
窓の外で風が木を揺らした。
時間が、静かに元の流れへ戻り始めていた。
別れ際、アインシュタインは言った。
「一つだけ、未来へ伝えてほしい」
「はい」
「量子力学が正しかったとしても、
“理解しようとした人間”が間違っていたわけではない、と」
次の瞬間、書斎には光と影だけが残った。
机の上には、不等式の書かれた一枚の紙が、そっと置かれていた。
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