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生きるコツ3月10日「坂の上の雲」最終回を見て思う~時の流れによる評価の変化

     坂の上の雲の再放送の最終回を見終える。
     最初の観たのはドイツにいる頃だった。2009年だから足掛け15年以上に渡ってようやく見終えた。(ファーストシーズン以外は見過ごしてた)

     万感こみ上げるものがある。とりわけ203高地での争いなどの悲惨はこの作品を通じて初めて知った。乃木希典が戦前中、軍神のように扱われているが本人の中では多くの部下を失った悔恨を背負いしながら生きねばならなかったこと、その詳細を目の当たりにした気分だ。

     硫黄島からの手紙もそうだったけど、戦争のない時代に生きていることはどれだけ幸せなことかとしみじみ思う。最近では「氷河期世代はついてない」という論調も目にするがもっと長い時代の流れで見れば些細なレベルだ。

     考えてもみて欲しい。
     戦場ではどうやって着替えをしていたのか?
     どうやって風呂に入るのか?下着は?洗濯係はいるのか?医療環境はどこまで整ってるのか?日露戦争の頃はまだ国民皆兵じゃないから基本、軍人としての道を選んだものが戦場へと赴いただろうが、内心には何を秘めていたのだろうかと慮る。
     この最終回で個人的に印象が残っているのは秋山真之が正岡子規の家に訪れる前に団子屋に行くシーンだ。店の子とこんなやりとりがある。

    真之「鶯横丁はすぐそこやな?」
    店の子「はい、3軒ほど向こうです。」
    真之「正岡子規という人の家があるが知っておいでか?」
    店の子「まさおか?」
    真之「正岡子規じゃ」
    店の子「ああ、義太夫のお師匠さんかなんかですか?」
    〇うつむき、団子を食べる真之。

     正岡子規が亡くなって3年経ったという設定だ。
     僕らが子どもの頃、正岡子規は教科書でいたずら描きをされる代表人物といってよかった。その功績の偉大さなど微塵も感じてない。しかし、坂の上の雲を見るとその思いの浅はかさを知るばかりであった。けど、このドラマの中では正岡子規は主人公の一人でもある。その人物ですら死後3年足らずで人の話題や認知すらされていないというのが妙にリアルであった。

     とかく、私も「何か一角の物になりたい、何者かになりたい」と心に秘めながら突き進んできた。それ自体は悪いことじゃないだろうが、時間は残酷だ。死んでしまえば立ちどころになかったことになっている。

     先日、ある番組では元テレビ東京のプロデューサーである佐久間宣行氏が「僕は元々マイナーなカウンターカルチャーだったんですよ。でも予算がなくなって僕のような手法がメインになってきた」というニュアンスの発言をしていた。
     さすがにご本人は冷静に分析されているなと思う。佐久間さんの番組でゴールデンで当てた番組を私は知らない。むしろゴールデンで視聴率20%、30%をたたき出したにも関わらず、今、日の目を見ないテレビマンも多数いる。かつての電波少年の土屋さんですら、あまり名前を見かけない。むしろ懸賞生活やヒッチハイク、箱男など人権問題に触れて容易に語るのも憚れるようになってきた。

     時代による評価の変化、認知のされ方は自分ではどうなるものでもない。
     結局、今日どう生きるかってことかなと思う。
     ただ、時代の変化で埋もれる偉大な人はいっぱいいるんだろうなと思う。


     
     
    放送作家&SNSの運用代行業。 テレ東「出動!ミニスカポリス」でデビュー。 以後「がっちりマンデー」「給与明細」を担当。 2008年より2年間、ドイツでの子育て生活へ。 異文化の魅力に取りつかれる。 映像・企画、ライフハックをテーマに記す。

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