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フォロワー100人ありがとうございます+今まで意識してきたこと

    ※記事内にアソシエイトリンクを含みます

    noteのフォロワーが100人になった。
    ありがとうございます!

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    ナムちゃんもニコニコ


    せっかく100人になったので普段やらない方向の自分語りをしようかなと思う。

    ちなみにフォロワー100人にする方法は別にない。 ない!
    なぜなら100人になるまで5年かかってるので……。
    5年もやれば100人になることはあるわな。

    意図的にバズる内容は避けていた


    意図的にバズるような記事を書くことは避けていた。
    例を挙げると「◯◯するような奴はダメ」みたいなネガティブ希求、「これをしたら儲かる」みたいなお金の話、あるいは人間関係の悪口、デマや偽情報にかかわることなどだ。
    個人サイトにもヤバい人はいたのだが、あらゆる人がインターネットに繋がるようになって悪意の拡散力も異常なまでに高まってしまった。
    私はインターネット老人会なので悪意ある文章で人の気を引きたがる人にはある程度免疫があるけど、自分より年下の人がそういう人たちに騙されているのは危機感を覚える。
    だから目先の評価に惑わされず、きちんと中身のある文章で人の信頼を得たいと思った。
    それはある程度成功したんじゃないかと思う。「あなたの言うことなら信じられる」と評価されることが増えた。もちろん、盲信や崇拝ではなく。
    信用はお金では買えない。評価でも買えない。
    戦争や貧困で信用が崩壊している地域では、まともな商業活動すらままならない。お金を出したら商品がもらえるという「信用」がないから、盗難や強盗が公然と行われてしまう。
    この社会でお金を稼ぐのであれば「信用」を守るのは義務だと思う。
    ハイパーインフレーションのグレシャムはおもしれ〜キャラだが、彼は世の中の「信用」にただ乗りしている面がある。全ての人間がグレシャム化したらたぶん治安がおしまいになって金も稼げなくなると思う。

    「バズる内容の記事を書きたい」と思ったところでスベる可能性のほうが高いし、そっちのほうが恥ずかしいだろと思ったのもあるけど。
    リテラシー高い人は釣りタイトルの記事を開かないので、「リテラシー高い人に読んでほしいけど……釣りタイトルにはしたい!」は無理だしね。

    noteにはなるべく失敗した話を書くことにしている。


    私は精神科医YouTuber益田先生のファンなんだけど、益田先生が「成功した話より、失敗談のほうが共有したらありがたられるから失敗談の話をしたほうがいい」と言っていた。
    でも動画いっぱいあるからどの動画で話してたのか忘れた。思い出したらリンクを貼っておく。
    確かに! と思って今は失敗談をするようにしている。
    自分もASDで空気読めないから、「世の中にはこういう失敗があるのか〜自分は気をつけよう!」と思って助かったことはよくある。失敗談をこの世に残してくれる人、ありがとう。
    失敗談と言っても暗くなりすぎるとよくないから、塩梅も大事だけど。

    特定の情報を調べるときに「自慢しか出てこねえ!!」ということはままある。

    まあ、創作活動って趣味だから自慢しても別に構わないのだが……情報として自慢はあまり役に立たない。
    同人誌即売会で初参加で100部以上売ったとかそれ絶対真に受けちゃいけないやつじゃん。この人と同じような好条件を揃えることは無理だよ。
    自慢するのって楽しいし、完全にはなくせないけど、自慢ばっかりにならないよう気をつけている。自分が「自慢ばっかりで参考にならねえ!!」という文を読む機会があるから。

    属性の違う人間の不幸に安易に同情をしない

    自分は病気であるという部分はマイノリティだし苦労しているが、それ以外では恵まれていると思う。お金には困ってないし、理解してくれる友人もいるし、こうして作品を読んでくれる読者さんもいる。
    そういうことを言うと怒り出す人がいるのだ。
    「あなたは社会に傷つけられている、もっとその意識を持ったほうがいい」みたいなことね。
    だが、総合すると立場的には私は既得権益の側であるわけだ。
    私は恵まれている人間が恵まれていない人間に対して「私はあなたと同じような被害者だ」みたいな態度をするほうが問題があると思う。
    私にそういうありようを求めてくる人間は、おそらく私に同じ価値観になってほしいのだろう。
    でも恵まれた人間には恵まれた人間の義務があると思う。この世に被害者面する人間が一人増えたところで、何が変わるのか。
    この世には想像を絶するような苦労があるとわかっているからこそ「私は弱者の気持ちがわかる」と軽々しく言えないのだ。実際のところ、「わかる」と言うだけで何もしない人間が多いとわかっている。
    私も本当に困っていたときはそんな同情なんかいらねえ〜と心底思っていた。
    本気で他人を助けようとする人は結構ドライで冷淡だ。安易に「人は分かり合える」と言うことが人を傷つけると知っているからだ。


    思い出すのが、十二国記の『図南の翼』だ。

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    主人公、珠晶は大金持ちのお嬢様で、社会の格差に心を痛めている。しかし彼女は常にお嬢様然として振る舞う。どうしてなのか。それは珠晶が「恵まれた人間に哀れまれたってムカつくだけ」ということに自覚的だからである。
    珠晶は同時に、「自分は子どもで世間知らずなのは事実だが、何も分からない人間として扱われるのは嫌だ」と語る。
    私は珠晶に共感しちゃってね……。
    自分にも外国籍で差別されて苦労した友人や、家族に暴力を振るわれた子もいる。
    こういう問題が税金使ってなんとかなるならガンガン使ってほしい。
    でもその子達に面と向かって共感なんかできないよ。人生の重みが違うからさ……。
    自分だって病気のこと軽々しく「わかる」なんて言われるの嫌だからな。しょーもねえ共感するぐらいなら精神疾患の支援団体に寄付したり精神疾患について正しい知識を持ってくれる方がいい。そっちのほうが世の中のためだし。
    本気でわかるっちゅーならその人も精神科にかかったほうがいい。

    ぐだぐだ話だけど、こんな感じでnoteを運営しているという話です。


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    人生ヌルく生きていきたい。双極症/ASD。同人誌作成、展覧会の感想、創作TIPSと病気の話。男と女の相互巨大感情が好き。雑多。アイコンはどくみつ(@dokumitu)さん。Amazonアソシエイトのリンク有。

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