
創作者は二匹目のどじょうを釣ったほうがいい
二匹目のどじょうを狙って釣るのって大事だな……。と最近思った。
二匹目のどじょうを狙う、とはことわざで「ひとつのものが流行ったので、似たようなものを出して流行りを狙っていく」という意味だ。ネガティブな意味に使われることが多いこの言葉だが、創作活動で評価を得るためには重要だ。
二匹目のどじょうを釣ることは恥ではない
創作をやる人間にとって、二匹目のどじょうを釣ることは恥でもなんでもない。むしろ二匹目のどじょうを釣ろうとするほうが安定して見てもらえるまである。
たとえばヘタレわんこ攻めが好きな人の場合、
最高のヘタレわんこ攻めの作品を見る
↓
その人のプロフィールを見て他のヘタレわんこ攻めがないか調べる
↓
なかったらそこで離脱
となってしまうわけだ。自分の作品を観て回ってもらいたい場合、似ている属性の作品があるかというのは重要なポイントである。
カップリングではなくても、「ショートケーキの擬人化がウケたから次はミルクレープの擬人化でいこうかな」とかそういう自分のウケた作品に乗っていくのは大事だ。
自分で自分の作品を何度も擦っている分にはパクリではないし。
真面目な人は「上達して評価を得なければならない」と思っているかもしれない。でも創作が上達するのって、数年単位で時間がかかる。
そうすると努力の結果が出るのが数年後ということもある。しんどいよね。
実のところクオリティを上げる以外に評価を増やす方法はある。二匹目のどじょうを狙うのもそのひとつだ。
上手くならないと評価されないんだ……と病むより「ワンチャン別の手段で狙いつつ上達するか!」と思ってやるほうが、楽しいし人に見てもらうチャンスもあると思う。
具体的に二匹目のどじょうを釣る方法を考えてみる
具体的に二匹目のどじょうを狙う方法を考えていく。
私だったらその性癖でアリだと思うものは全部書く勢いで行く。
私は民俗学や文化人類学が好きで、それをネタにして小説を書くことが多い。書いてて楽しいのももちろんあるが、このネタが私の作品の中でウケやすい属性だからという理由もある。
自分の中で民俗学や文化人類学をテーマにしたネタは書く優先順位を高めにしている。だって自分が好きなものを書いて評価されるってこれほどうれしいことはないからね!
というわけで民俗学あるあるは一通りやりたい。でももうそろそろネタがつきてきたので新しいネタ探さないとなと思っている。
私の好きな作家さんで○○責めを書き続けている人がいる。この人は○○責めと他のあらゆる性癖を組み合わせてくるので大変面白い。
NTRとか年の差とか人外とかいろいろ。全年齢の範囲で書けない性癖もいろいろ。
こうなってくると「次はどんな性癖と組み合わせてくるんだろう?」と思ってわくわくする。
楽しそうに二匹目のどじょうを釣り続けてる人を見ると読む側も楽しくなってくる。
最近、私は小田菜摘の本を立て続けに読んでいた。
この方は「平安宮廷で自立心の強い女性が人間関係のごたごたに巻き込まれる」話を書き続けている。
でもちゃんと別の話にはなっているし面白いんだよな……。
毎回ジェンダーやフェミニズム的な話をやっているけど焼き直しに感じないし、説教臭くもない。
読んでいると、どじょうを釣り続けるのも才覚のうちという気がする。
『平安あや解き草紙』面白いよ! おすすめ。
※アソシエイトリンク
二匹目のどじょうを釣ることのやめどき
二匹目のどじょうを釣るのはいつやめるべきか。それは本人が釣るのが楽しくなくなったら、だろう。
他人にウケるために同じようなものを書き続ければ、嫌になってしまうことはあるので、そのときは自分の気持ちを優先してもいい。趣味であれば。
評価はあったらうれしいとはいえ、趣味で一番大事なのは楽しんで続けることなので「なんか……このネタもう書きたくないかも……」となったら思い切ってやめてもいい。
仕事であればもうどじょうを釣りたくないのに釣り続けなければいけないという場合もあるかもしれない。それは……頑張ってくれとしか言いようがない。私は趣味人でプロの人にアドバイスできる立場ではないから。
基本的に楽しんで釣れるうちは二匹目のどじょうを狙うメリットしかないので、みんなもどじょうを釣ろう。
この記事が面白いと思ったら、スキやシェアで応援してもらえるとうれしいです。
↓活動まとめサイト
↓同人誌サンプル
↓note記事のまとめ