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なぜ私は鑑定士になったのか

    なんでこんな仕事、選んじゃったんだろう。

    鑑定士になりたての頃、毎日そう思っていた。

    毎朝、お客様が来るたびに胃がキュッと縮む。 査定の金額を伝えるたびに、 「安すぎたかな」「怒ってるんじゃないか」と 一人で勝手にネガティブを積み上げる。

    ひどい日は、お客様に来ないでほしいとさえ思っていた。 完全に、向いてないと思っていた。

    そもそも、なぜ鑑定士になったのか。

    美大でデザインを学んで、上場企業のパッケージ部門に入って、 百均向けの日用品を作っていた私が——なぜ。 自分でもよくわからない。本当に、よくわからないのだ。

    30を過ぎたころ、じわじわと怖くなってきた。

    「このままここにいたら、俺、ここでしか生きていけなくなる」

    仕事が嫌いだったわけじゃない。人間関係にも恵まれていた。 でも、どんどん可能性が狭まっていく感覚が消えなかった。

    友人に相談して、転職アドバイザーも交えて3人で話した。 「まず、全く関わったことのない職種の社長に会ってみたら」 そう言われた。

    最初に紹介されたのが、質屋の2代目社長だった。

    ……え、質屋?

    正直に言う。ピンとこなかった。 美大出て、デザイナーやって、上場企業で働いてた俺に、質屋? 想定外にも程があった。

    でも、その社長のことを調べたら 採用ページが漫画「キングダム」の世界観で作られていて。 甲冑姿の社長が「緊急求む」と叫んでいる。

    思わず声を出して笑った。「え、こんな自由でいいの?」

    仕事内容よりも先に、この人に会ってみたくなった。

    大宮のホテルのラウンジで、初めて会った。

    緊張した。でも、話し始めたら止まらなかった。

    キングダムの話で意気投合して、 業界に革命を起こしたい、悪徳業者に泣かされる人をなくしたい—— その言葉に、何かが動いた。

    「この人の言う通りになったらいいのに」

    それでも迷った。上場企業の安定を捨てる怖さは、本物だった。 4回会った。社長は4回とも、付き合ってくれた。

    決められなくて、中学からの友人に電話した。 残った場合、転職した場合——両方の未来を話した。

    友人がすぐ言った。

    「答え出てんじゃん。鑑定士の話するとき、声が全然違う。めちゃくちゃワクワクしてんじゃん」

    ——ああ、そうか。自分ではわかっていなかった。でも、声には出ていた。

    転職を伝えると、職場はざわついた。「大丈夫なの?」「本当にいいの?」

    でも一人だけ、違う反応をしてくれた人がいた。 ずっとよくしてくれた企画の本部長だ。

    「面白そうじゃん。いろんな人に会えるんだから、いつか本にまとめてよ」

    その言葉が、ずっと残っている。 ——このnoteは、ある意味その約束を果たすものでもある。

    さて。鑑定士になってからが、本番だった。

    覚えることが、果てしなかった。

    貴金属(金・銀・プラチナ)、ブランド品(ヴィトン、シャネル、エルメス……)、 時計(ロレックス、パテックフィリップ、聞いたことないブランドも)、 カメラ、ゲーム機、楽器、金券、着物、茶道具、工具——

    一覧表を作って「レベルクリア」方式にしようとしたが、 作った瞬間に果てしなさすぎて絶望した。

    えらいことに踏み込んでしまった、と本気で思った。

    でも、そんな私を変えたのが、ある冬の夜のことだった。

    閉店30分前。あまり元気のない女性が来た。

    「こんなものでよければ……」

    差し出されたのは、片方だけのピアスや使われなかったアクセサリー。 全部で、数グラムあるかないか、という量だった。

    査定を終えて、伝えた。「全部で、1万円になります」

    その瞬間、女性の顔が変わった。

    「え——1万円にも!本当に、本当にありがとうございます!」

    私は戸惑った。普通に査定しただけだった。 ただ重さを測って、相場で計算しただけ。 なのに、あそこまで喜んでもらえるとは思っていなかった。

    きっと、あの1万円はその方の生活の支えになるようなお金だったのだと思う。 あの顔を、今も忘れられない。

    そしてその瞬間に、何かが変わった。

    前の仕事では、直接お客様と接することがなかった。 面と向かって「ありがとう」と言ってもらえることが、 こんなに嬉しいものだと知らなかった。

    あの人が、大げさに言えば私の人生を変えてくれた。

    この仕事を8年続けて、一つだけ確信していることがある。

    誠実であることが、最強の商売だということだ。

    相手が知らないのをいいことに安く買い叩く業者は、今も存在する。 10万円で売れるものを500円で買う人が、本当にいる。 そういうのが、大嫌いだ。

    利益がないと会社は立ち行かない。それはわかっている。 でも、適正なラインというものがある。

    お客様の話をちゃんと聞いて、寄り添って、適正な価格を出して、信頼してもらう。 正直者がバカを見る、なんてことには絶対にしたくない。

    誠実な人こそが報われる。 そういう仕事をしたい。そういう業界にしていきたい。

    鑑定士になったのは、偶然だった。

    友人の紹介で転職アドバイザーに出会い、 キングダム好きの社長に意気投合して、 中学の友人の一言で決断した。

    自分で選んだようで、縁に選ばれたような気もしている。

    あのピアスの女性が来なければ、私はとっくに辞めていたかもしれない。

    ほんの数グラムのアクセサリーと、 「1万円にも!」という声が、8年後の今の自分をつくった。

    人生の転機って、本当に、どこに転がっているかわからない。

    重栖健一|リ・アンティーク株式会社/買取&質店「質KONDO」
    埼玉県蓮田市で質屋・鑑定士として8年。
    貴金属・ブランド品・時計の査定が得意。
    「査定って敷居が高い」と思っている方こそ、気軽に声をかけてください。

    リ・アンティーク株式会社:https://re-antique.jp/

    質KONDO:https://www.kondou78.com/



     
     
    まさか自分が鑑定士になるなんて思っていませんでした。買取・片付け・遺品整理の現場で感じたこと、仕事の悩み、誠実な商売について書いています。 埼玉県蓮田市で創業40年以上「質KONDO」在籍 質屋が舞台の連載小説『半熟質屋』 note創作大賞2026 お仕事小説部門 中間選考通過

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