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短編 「二段目の引き出し」

    俺は泥棒だ。そう聞かされている。
    今日も仕事だと、男から電話があった。
    「昨日話した家だ」
    住所を聞いた。
    「わかるか?」
    「たぶん」
    電話は切れた。
    少し前のことは覚えていられない。
    気がつくと、知らない場所にいることもある。
    だから、言われたことは紙に書く。財布の中に入れておく。

    俺は泥棒。今日はこの家。金目のものを見つけたら持って帰る。

    それだけだった。

    夜、指定された家に入った。誰もいなかった。
    適当に引き出しを開けてみる。
    財布、時計、小さな箱。たいしたものはない。
    「はずれか」
    机の引き出しを開けると奥に一冊のノートがあった。
    表紙には何も書いていない。
    中を見ると日付と場所が、いくつも並んでいた。
    六月三日 駅の裏のベンチ。
    六月十日 川沿いの階段。
    六月二十二日 古い映画館。
    七月五日 商店街の角。
    その下には、もっとたくさんの場所。
    俺はノートを閉じた。


    宝の地図かもしれない。
    金がない家で、こういうものを見つけることがある。
    本人しか知らない場所。金庫。隠し財産。
    俺はノートをポケットに入れて帰った。

    翌朝、目が覚めた。ノートがあった。
    俺はそれを見て、昨日のことを思い出そうとメモを探す。
    泥棒。家。ノート。
    そうだった。
    俺は泥棒だ。
    最初の場所へ行った。
    駅の裏のベンチ。何もない。
    次の場所へ行った。川沿いの階段。何もない。
    古い映画館はすでに閉まっていた。
    商店街の角には小さな喫茶店があった。
    俺は立ち止まった。

    なぜか、知っている気がした。
    店に入った。
    「いらっしゃい」
    カウンターに座った。
    「コーヒー」
    店主がコーヒーを出した。
    「砂糖は?」
    「いらない」
    店主は一瞬だけ俺の顔を見た。
    「そうでしたね」
    俺は何も言わずにコーヒーを飲んだ。
    苦かった。でも、嫌いじゃなかった。
    それから俺は、ノートに書かれた場所を一つずつ回った。
    公園、踏切、小さな神社、海の見える堤防。
    どこにも金はなかった。
    それなのに、行くたびに変な感じがした。
    ここを知っている。この階段を上ったことがある。
    この道を誰かと歩いた。そんな気がする。
    でも、誰とだったのかは分からない。
    しばらくすると、それも消えた。
    だから、またノートを見た。すでに最後のページだった。
    俺はノートの最後のページを開いた。
    そこには一行だけ書かれていた。

    自分が誰なのか分からなくなったら、最初の場所へ戻ること。

    俺はしばらく、その文章を眺めた。意味は分からなかった。
    でも、なぜか従わなければいけない気がした。
    最初の場所。そう考えたとき、あの家が浮かんだ。
    俺は翌日の朝にノートを盗んだ家へ向かった。
    家に入る際は最初と同じように窓から入ったが、なぜか玄関へ向かっていた。そして靴を脱いだ。
    右だったか、左だったか。迷いながら廊下を歩くと台所に入った。
    冷蔵庫を開ける。牛乳、卵、作り置きの惣菜。奥にプリンがあった。
    俺はそれを取り出した。スプーンを探した。
    引き出しを開ける。
    一番上、違う。
    二番目、あった。
    プリンを食べた。甘かった。
    食べ終わった容器と食器を洗い、スプーンを二番目の引き出しに戻した。
    それからテレビをつけた。
    リモコンは、いつもの場所にあった。
    俺はソファに座った。
    テレビを見ていると、玄関のほうから音がした。
    誰かが帰ってきたような気がした。
    俺は立ち上がり、玄関へ向かった。
    誰もいなかった。
    俺は少し考えてから、「ただいま」と言った。
    返事はなかった。
    俺は靴を脱いだまま、そこに立っていた。
    しばらくして、俺は笑った。なぜ笑ったのかは、分からなかった。
    ただ、この家は妙に落ち着いた。


    まだ、そのへんに短編が落ちています。
    → 「江豆小話|そのへんに、短編が4つ落ちています」


     
     
    江豆町3丁目の片隅で、 映画・アニメ・ゲームとコーヒーを愛するゆるいやつ。 ふとした瞬間の小さな幸せをちょっとした文章にのせて。 よかったら、気軽に話しかけてください。

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