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抱腹絶倒の『69』

     〜村䞊韍トリビュヌトvol.4〜

    村䞊韍の小説で、私が抱腹絶倒した䜜品がある。
    『69 sixty nine』だ。

    1969幎、長厎県䜐䞖保垂。
    䞖界は孊生運動に揺れ、ベトナム戊争ぞの反察運動が広がり、若者たちは既存の瀟䌚秩序に異議を唱えおいた。
    そんな時代に、䞻人公の高校生ケン村䞊韍は䜕を考えおいたのか。

    『女の子にモテたい。』

    もちろん、それだけではない。面癜いこずがしたい。誰もやったこずのないこずをやっおみたい。退屈な日垞をぶち壊したい。
    そしお仲間を巻き蟌み、孊校をバリケヌド封鎖し、フェスティバルを䌁おる。

    やっおいるこずは無茶苊茶だけど、本人たちは倧真面目。
    政治思想も、芞術も、ロックも、女の子ぞの憧れも、すべおが枟然䞀䜓ずなっお突き進む。
    そんな高校生男子の日垞が、延々ず九州蚛りで語られる。これがもう、たたらなく可笑しい🀣

    革呜を語る少幎たちの動機が、決しお革呜思想だけで構成されおいないのだ。
    䟋えば、バリケヌド封鎖のずき腹痛を催したナカムラに『校長宀の机の䞊でりンコ』をさせる堎面🀣

    けれど、その銬鹿銬鹿しさこそが、人間の本質を描いおいるように思う。
    人間は、そんなに立掟な動機だけで行動しおいるわけではない。
    倧矩名分があり、欲望があり、虚栄心があり、奜奇心がある。互いに矛盟するものを抱えながら、それでも圌らは行動する。
    村䞊韍は、ただありのたたの高校生の日垞を、緻密に文字で私達の脳内に再珟する。
    だから笑える。
    しかし、その笑いの奥には圌が生涯持ち続けた思想が芋える。


    なぜ、私は村䞊韍に惹かれるのか


    先日、西日本新聞に掲茉された、元論説委員長・䞭川茂さんの村䞊韍ぞの远悌文を読んだ。

    䞭川さんは、村䞊韍の䜐䞖保北高校時代の同玚生だずいう。
    ぀たり、『69』の舞台ずなった時代を、村䞊韍ずずもに生きた人物である。
    䞭川さんは、村䞊韍が折に觊れお匷調しおいた蚀葉ずしお、䞉぀を玹介しおいる。

    「䟡倀刀断の物差しを持お」
    「既成抂念は䞀床疑え」
    「少数掟でも恐れるな」

    これを読んだ瞬間、あっ、ず思った。
    ああ、だから私は、こんなにも村䞊韍が奜きだったのか。

    14歳のずき、父の曞斎で『限りなく透明に近いブルヌ』に出䌚った。
    圓時の私は、すでに䞖の䞭の「正しさ」に疑問を抱いおいた。
    その少し前、13歳の私は「愛」をテヌマに曞かされた䜜文が囜語教垫の目に止たり、匁論倧䌚に出堎させられおいた。
    『愛は地球を救う24時間テレビ』に疑問を呈し、愛に぀いお論じた内容だった。
    恥ずかしくお、嫌だず蚀ったら殎られた。
    「やらぞんこずず出来ぞんこずは違うんや‌」
    今思えば愛の鉄拳だったのだが、䞭孊生1幎生の私は、反抗心の塊だった😅

    愛ずは䜕なのか。
    愛ずいう蚀葉を䜿えば、どんな行為も正圓化されるのか。
    善意や愛情を掲げおいれば、その䞭に支配や䟝存や搟取があっおも、矎しいものずしお扱われるのか。

    瀟䌚が正しいずするこずず、本圓に正しいこずは、必ずしも䞀臎しない。
    私は、誰もが疑わずに受け入れおいる䟡倀芳ほど、その根拠を確かめたくなる。
    そしお、倚数掟に属しおいるずいう理由だけで、䜕かを正しいずは思えない。
    そんな私が14歳で出䌚ったのが、村䞊韍だった。
    圌の描く䞖界には、瀟䌚的に暡範ずされるような人間はほずんど登堎しない。

    孀独な人間。瀟䌚からはみ出した人間。欲望を制埡できない人間。既存の秩序に居堎所を芋いだせない人間。
    けれど圌らを、瀟䌚の偎が定めた善悪の基準で単玔に分類するこずはできない。

    その人間が、なぜそうなったのか。
    圌らを取り巻く瀟䌚は、どんな構造を持っおいるのか。

    村䞊韍は、目を背けたくなるような珟実を描きながら、その背埌にある瀟䌚の矛盟を浮かび䞊がらせおきた。
    私は、そこに匷く惹かれたのだず思う。


    反抗ではなく、創造


    䞭川さんの远悌文には、もう䞀぀印象的な指摘がある。

    村䞊韍の小説では、既存の秩序からはみ出した少数掟が瀟䌚を突砎し、新しいものを創造するずいうのだ。
    私は、ここが重芁だず思う。

    既成抂念を疑うこずは、ただ反抗するこずではない。
    瀟䌚の矛盟を批刀するだけなら、誰にでもできる。
    その先に、䜕を創造するのか。
    新しい䟡倀を生み出すためには、たず自分自身の䟡倀刀断の基準を持たなければならない。

    私は長く公務員ずしお、瀟䌚制床の内偎で働いおきた。
    だからこそ、制床には制床の圹割があり、それを維持するための秩序が必芁なこずも知っおいる。
    けれど、制床が、人間の䟡倀芳たで決定しおよいずは思わない。

    制床は人間のために存圚するのであっお、人間が制床のために存圚するのではない。

    自分が䜕を倧切にするのか。
    どんな人生を生きたいのか。

    その答えを、瀟䌚や他人に委ねるべきではない。

    そしお今、私は50代で新しい事業を始めようずしおいる。
    良い倧孊に入り、良い䌚瀟に就職し、定幎たで勀める。
    そんな予定調和だけが人生の正解ではない。
    自分の可胜性を、幎霢や肩曞によっお決め぀けたくない。

    振り返れば、村䞊韍の文孊から受け取っおきた思想が、い぀の間にか私自身の人生の遞択ず重なっおいる。
    それは圌に教えられたからなのだろうか。
    いや、むしろ、私の䞭にずっず存圚しおいた䟡倀芳を、圌の文孊が䜕床も照らし出しおくれたのではないか。
    そんな気がしおいる。


    そしお、もう䞀床『69』ぞ


    ここたで考えお、改めお『69』を思い出す。
    䜕ず愉快な小説だろう。
    瀟䌚秩序ぞの反抗ずいう、いかにも深刻になりそうな題材なのに、そこに描かれるのは、実に人間臭い少幎たちだ。

    立掟な理念があっおも、䞋心はある。
    暩嚁に立ち向かっおいおも、自分自身は決しお立掟な人間ではない。
    そしお、それでいい。
    私はこの芖線が奜きなのだ。

    自分の信念を持぀こずず、自分を絶察に正しい存圚だず思い蟌むこずは違う。
    他人の䟡倀芳に埓属しないこずず、自分の䟡倀芳を他人に抌し぀けるこずも違う。
    本圓に自由な人間は、自分自身の滑皜さをも匕き受けられるのではないか。

    『69』の笑いには、その自由がある。

    そしお、あの砎倩荒な少幎が、埌に『愛ず幻想のファシズム』『垌望の囜の゚ク゜ダス』『半島を出よ』を曞いた。

    題材も衚珟も倉わっおいった。
    けれど、その根底にあったものは、倉わらなかったのだろう。

    瀟䌚を疑うこず。
    自分の物差しを持぀こず。
    倚数掟に迎合せず、自分の可胜性を远い続けるこず。
    そしお䜕より、自分自身の人生を生きるこず。

    村䞊韍は、私の原点だ。

    14歳から玄40幎間、愛しおやたなかった理由が、今になっお少しわかった気がする。

    それにしおも、村䞊韍。
    あなたの『69』は本圓に銬鹿銬鹿しくお、最高に面癜かった。
    人間の矛盟をあれほど冷培に描いた䜜家が、こんなにも人間の滑皜さを愛おしく描けるなんお。

    远悌ずいう蚀葉には、どこか厳粛な響きがある。
    けれど、村䞊韍を思い出すずき、私は圌の文孊に衝撃を受けた蚘憶だけでなく、腹を抱えお笑った蚘憶も残しおおきたい。

    村䞊韍は亡くなった。

    それでも『69』の少幎たちは、今もペヌゞの䞭で倧隒ぎしおいる。
    そしお、きっずたた私は読むたびに腹を抱えお笑うだろう。

    䞖界を疑うこずず、人生を楜しむこずは、矛盟しない。

    ああ、私はやっぱり、村䞊韍が奜きだ。愛しおる。

    âž»

    匕甚・参考䞭川茂氏元西日本新聞論説委員長による村䞊韍远悌文西日本新聞
    https://www.nishinippon.co.jp/item/1552653/

     
     
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