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The Beatles Book Monthly1963年12月号を読む ― 前段A tales of four Beatles④

    12月号の「A tales of four Beatles」は第4巻。ここではビートルズの初期の日々がさらに詳しく語られ、ついに**Brian Epstein**との出会いへと物語が進みます。

    1961年6月末、ビートルズはドイツから戻り、リヴァプールで一夜限りのライブを行いました。当時はまだ駆け出しで、ギャラは6ポンドから14ポンドほど。後に振り返って**George Harrison**は、「自分たちがどれだけ価値のある存在かなんて、まったく分かっていなかった」と語っています。

    資金は常に不足していました。パリを訪れた際には、コーラを買うためにポケットの小銭をかき集めたという話も残されています。それでも彼らは演奏を続け、自分たちで機材を運び、次の仕事を探しました。生活は厳しくても、音楽を続けることそのものが喜びだったのです。

    リヴァプールではキャヴァーン周辺に集まりながら活動を続け、家族や友人も彼らを支えていました。この頃はまだマネージャーもおらず、周囲の人々が「彼らにはマネージャーが必要だ」と感じていた一方で、メンバー自身はその必要性を強く意識してはいなかったようです。

    演奏の合間には曲作りが続けられました。**John LennonとPaul McCartney**はバスの中でも楽屋でもアイデアを出し合い、ときには一時間ほどで一曲を書き上げることもありました。後の成功を支える基盤は、この頃すでに形作られていたのです。

    そして物語は決定的な転機へ進みます。

    ある日、リヴァプールのレコード店で「ビートルズのレコードはありますか」と尋ねられたことがきっかけで、ブライアン・エプスタインは彼らの存在を知ります。やがてキャヴァーン・クラブに足を運び、実際の演奏を目にしました。最初は服装の奇抜さに驚いたものの、演奏の熱量と観客の反応に強い印象を受けたといいます。

    彼はメンバーの中に特別な何かを感じ、やがてマネージャーになることを申し出ました。ビートルズは当初少し戸惑っていたようですが、エプスタインの情熱は揺るぎませんでした。

    何度もレコード会社に売り込みをかけ、断られるたびに彼はメンバーに報告しました。その過程は決して順調ではありませんでしたが、ここからビートルズとブライアンの長いパートナーシップが始まります。

    第4巻は、「無名の若者たちの生活」と「未来を変える出会い」を描いた物語です。ビートルズが世界へ向かう道は、この12月号の中ではまだ始まったばかりでした。

     
     
    1981年生まれ。ビートルズをリアルタイムで知らない世代です。 音楽誌やファンクラブ誌を手がかりに、1960年代の音楽と若者文化を追体験するように文章を書いています。資料の行間にある空気や熱を伝えられたらと思います。

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