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The Beatles Book Monthly1964年1月号を読む ― 前段A tales of four Beatles⑤

    1964年1月号の「A tales of four Beatles」では、ビートルズが本格的にレコード・デビューへ向かうまでの道のりが語られています。物語の中心にいるのは、彼らのマネージャー **Brian Epstein**です。

    リヴァプールではすでにビートルズは大きな人気を得ていました。しかしロンドンのレコード会社の反応は冷ややかなものでした。ブライアンは何度もロンドンへ足を運び、彼らを売り込みましたが、結果はなかなかついてきません。

    そんな中、転機となる出来事が起こります。
    デッカ・レコードのA&Rマン、**Mike Smith**がリヴァプールのクラブを訪れ、ビートルズの演奏を目にしたのです。地元では観客の歓声はすさまじく、クラブは熱狂に包まれていました。それでもメンバー自身は「お金はほとんどもらっていない」と語るほど、まだ若いバンドの段階でした。

    やがてビートルズはロンドンへ招かれ、デッカ・スタジオでオーディション録音を行うことになります。ウェスト・ハムステッドのスタジオで行われたこのセッションでは、多くの曲が録音されました。しかしメンバー自身は出来に満足していなかったようです。後に **Paul McCartney**は「結果はあまり良くなかった」と振り返っています。

    それでも、この録音テープは重要な意味を持つことになります。ブライアンはそのテープを持って、ロンドンのレコード会社へ売り込みを続けました。断られても、また次の会社へ向かう。その繰り返しでした。

    やがてそのテープが、偶然のような形で新しい道を開きます。
    HMVのスタジオでディスク化されたテープを聴いた技術者が興味を持ち、音楽業界の知人に紹介したのです。その紹介が、**George Martin**の耳へと届きました。

    ジョージ・マーティンは、ビートルズの演奏に粗削りな部分を感じながらも、そこに独特の魅力を見出します。録音技術はまだ未熟かもしれない。しかし彼らには個性とユーモアがある。そう判断した彼は、ついにEMIでの録音の機会を与えることになります。

    最初のセッションでは「Love Me Do」「P.S. I Love You」「Ask Me Why」などが録音されました。ここで生まれた曲 Love Me Do は、後にビートルズの歴史の第一歩となる作品です。

    この録音の過程では、ドラマーをめぐる問題もありました。マーティンは当初、別のセッション・ドラマーを起用する判断をします。その結果、**Ringo Starr**はタンバリンやマラカスを担当する場面もありました。こうした試行錯誤の中で、ビートルズのレコード制作は始まっていきます。

    1964年1月号の物語は、ビートルズがレコード会社と契約し、録音スタジオへと足を踏み入れるまでの長い道のりを描いています。
    ここで語られているのは、成功の物語というよりも、何度も断られながら進んでいく若いバンドの粘り強い歩みなのです。

     
     
    1981年生まれ。ビートルズをリアルタイムで知らない世代です。 音楽誌やファンクラブ誌を手がかりに、1960年代の音楽と若者文化を追体験するように文章を書いています。資料の行間にある空気や熱を伝えられたらと思います。

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