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The Beatles Book Monthly1963年11月号を読む ― 前段A tales of four Beatles③

    11月号の「A tales of four Beatles」は第3巻。ここで物語は、ビートルズとリンゴ・スターの出会い、そしてハンブルクからリバプールへの転機へと進みます。

    メンバーが初めてリンゴと出会ったのは、彼が「Rory Storm and the Hurricanes」でドラムを叩いていた頃でした。ポールは早くから「彼は素晴らしいドラマーだ」と感じていたと語り、ジョンはその人柄に深みを見ていました。一方ジョージは、最初は少し距離を置いていたようですが、次第に「いいやつだ」と思うようになります。

    リンゴ自身もまた、ビートルズの演奏に惹かれていました。ピート・ベストが不在のときに代役として叩くこともあり、運命の歯車はすでに静かに動き始めていたのです。

    物語はハンブルク時代へと戻ります。ドイツでの過酷な演奏の日々。そこに現れたのがクラウス・フォアマンとアストリッド。アストリッドはスチュアート・サトクリフに恋をし、スチュは芸術の道を選び、ハンブルクに残る決断をします。ベースのストラップを自ら切って調整するなど、彼のスタイルは音楽以上に象徴的でした。

    やがてメンバーは一時的に離れ離れになりますが、再び合流し、ビートルズは続いていきます。資金は乏しく、クリスマス前には帰国費用にも困る状況。それでも彼らは戻ってきました。リバプールへ。

    当時のリバプールの音楽シーンは、スーツ姿で決まったステップを踏むバンドが主流でした。しかしビートルズは、ジーンズに革ジャン、ブーツという姿で登場します。演奏も型破り。ハンブルクで鍛えられた荒々しさは、地元では異質でした。

    「ドイツから来たバンド」と勘違いされることもありましたが、その違和感こそが個性でした。キャヴァーン・クラブでの演奏は次第に評判を呼び、観客は増えていきます。ジョンの皮肉混じりのMCも人気を集めました。

    さらに重要なのが、トニー・シェリダンとの録音です。1961年、ハンブルクで「My Bonnie」を録音。彼らは“ビート・ブラザーズ”名義でクレジットされました。まだ主役ではなく、伴奏役。それでも、レコードに刻まれた音は確かに未来へつながっていました。

    第3巻は、「メンバーが揃うまで」と「地元で頭角を現すまで」を描く、まさに転換点の物語です。

     
     
    1981年生まれ。ビートルズをリアルタイムで知らない世代です。 音楽誌やファンクラブ誌を手がかりに、1960年代の音楽と若者文化を追体験するように文章を書いています。資料の行間にある空気や熱を伝えられたらと思います。

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