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第9話「大の苦手だった香港人社長が、恩師になった」

    第三話にも登場した、あの香港人社長。

    私の香港駐在生活に、
    最も大きな影響を与えた人物と言っても過言ではない。

    しかし、
    最初の出会いは最悪だった。

    英語もろくに話せない。
    海外経験もゼロ。
    30代前半の若造。

    そんな私に、この社長は遠慮なく厳しい言葉を浴びせた。

    当然、まともなコミュニケーションなど取れるはずもない。
    関係は、最初からぎくしゃくしていた。

    おそらく相手も、
    「英語もできない、海外経験もない、使えない日本人だ」
    と思っていたに違いない。

    私の方も、正直、この社長が苦手だった。
    拝金主義。成金。傲慢。

    第一印象は、そんな言葉ばかりだった。

    会えば、ビジネスとお金の話ばかり。
    しかも、どれだけ儲かったかを実に楽しそうに語る。

    ビジネスで損をすることを極端に嫌い、
    通訳を介した会話も嫌う。

    話すことは大好きなのに、
    英語が苦手な私にとっては、
    苦痛以外の何ものでもなかった
    。

    しかし、この社長は、
    我が香港現地法人にとって最大の顧客だった。

    関係を悪くするわけにはいかない。

    もし関係がこじれれば、
    会社の業績にも大きな影響が出る。
    下手をすれば、会社の進退問題にも発展する可能性もある。

    そこで私は、ある決心をした。
    とにかく、この社長と一緒に過ごす時間を増やそう。

    仕事、食事、ゴルフ。

    言葉が100%通じなくても、
    できるだけ相手の話を聞き、
    知っている英単語をつなぎ合わせながら、
    必死に自分の意見を伝えた。

    最初の頃は、英語がうまく話せず、
    会うたびに変な汗をかいていた。

    それでも、何度も顔を合わせるうちに、
    少しずつ相手の人間性が見えてきた。

    私が思っていたより、ずっと人間味のある人だった。

    家族をとても大切にし、
    その家族に少しでも良い生活をさせたい一心で、
    必死にお金を稼いでいる。

    そして意外だったのは、
    考え方の根っこが、
    どこか昭和の日本人のようだったことだ。

    義理人情に厚い。
    表現や行動は派手だが、
    根っこの部分は、
    昔ながらの中小企業の社長そのものだった。

    私が最初に抱いていた
    「傲慢な成金」という印象は、
    少しずつ変わっていった。

    会う回数が増えるにつれて、
    互いに打ち解け、
    いつの間にか、この社長は私にとって、
    かけがえのない存在になっていた。

    中国ビジネスの基本。
    中国経済の動向。
    政府の考え方。

    そして、
    本には書いていない、中国ビジネスのリアル。
    多くのことを、この社長から学んだ。

    私にとって、
    まさに中国ビジネスの生きた教科書のような人物だった。

    最初は苦手で、できれば会いたくなかった相手。
    利害関係がなければ、絶対付き合うことはなかった相手。

    それが、いつの間にか、
    仕事のことも、それ以外のことも、
    いろいろと教えてくれる存在になっていた。

    この頃には、仕事も順調に進み、
    私たちの関係も良好になっていた。

    だが、数年後。

    この香港人社長の身に、
    大事件が起きる。

    そして、その出来事は、
    私の香港駐在生活を大きく変える試練となる。

    この時の私は、
    そんな未来を想像すらしていなかった。

    次回、香港企業で起きた、リアルなお家騒動。

     
     
    K・I 地方勤務、海外駐在(香港・上海)を経験してきた会社員。 60歳を前に、これまでのキャリアとこれからの人生を見つめ直しています。 このnoteでは、「人生後半戦は消化試合じゃない」をテーマに、 実体験をもとに中高年の働き方・生き方について発信していきます。

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