
【70代、つれづれに44】四季を楽しむ二つの視点
――自然の四季、装いの四季――
序章 季節の楽しみ方
季節が少しずつ移ろっていく。
そう書きたいところですが、
近頃はどうも様子が違います。
夏が長く居座ったかと思えば、秋をゆっくり味わう間もなく冬の気配。
日本の四季は、いつの間にか二季になってしまうのでしょうか。
けれど、季節を楽しむ方法は、まだまだありそうです。
自然の移ろいに目を向ければ、
昔から受け継がれてきた美しい季節の言葉があります。
一方、日々の暮らしに目を向ければ、
気まぐれな気温に合わせた装いの楽しみもあります。
自然の四季と、装いの四季。
変わりゆく季節を嘆くばかりではなく、
その時々の楽しみを見つけながら、今年も季節を巡っていきたいと思います。
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① 自然の四季
四季から「二季」へ? それでも巡る言葉の季節
暦の上では、きょうは立冬。いよいよ冬の始まりです。
ついこの間まで「今日も少し暑いね」などと
言いながら汗を拭っていた気がするのですが。
秋の深まりをゆっくり味わう間もなく、季節のギアが一気に切り替わってしまったようです。
最近、「日本から四季が消えて、夏と冬だけの二季になってしまうのでは」と、
いう話を耳にすることがあります。
確かに、春や秋の居心地のよい季節が、年々短くなっているような気もします。
山々が少しずつ色づく頃や、秋の澄んだ空気に包まれるひととき。
そんな季節の「あわい(間)」が薄れていくのは、なんとも寂しいものです。
それにしても、日本には季節を表す美しい言葉がたくさんありますね。
立冬の頃に降る冷たい雨は「時雨(しぐれ)」、
冬の訪れを告げるように吹く風は「木枯らし」。
春には「東風(こち)」が吹き、夏には「薫風(くんぷう)」がそよぎ、
秋には「野分(のわき)」が吹き渡ります。
こうして並べてみるだけでも、季節の風景が目に浮かぶようです。
二十四節気や七十二候を眺めていると、
昔の人々の細やかな感性にも驚かされます。
雁が渡ってくる頃、初めて霜が降りる頃。
そんな自然の小さな変化にも名前をつけて、季節の訪れを楽しんでいたのですね。
気候はずいぶん変わってしまいましたが、
風の音や雨の匂いに季節を感じる心まで、なくなったわけではありません。
四季の境目が曖昧になっていく今だからこそ、
昔から伝わる季節の言葉を、
胸のポケットからそっと取り出すように楽しんでみたいものです。
窓の外の風の音を聞きながら、温かいココアを。
自然の四季は少し急ぎ足になってしまったけれど、
言葉の中には、まだまだ豊かな季節が巡っています。