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これも一種の才能かもしれないと思った話



    私は平熱が高めで手も温かい。
    温かいを通り越して熱い。
    付き合ってた人とかに「君の手、熱すぎ!」とか言われてきたので、嫌だなぁ、と思っていた。別に好きで熱いわけじゃないし。
    そう思うとなんだかムカついて、それ以来、自分から手をつなぐことはなくなった。せっかく手をつなぐのが好きなのに自分の手の熱さを呪いたくなった。

    そんなふうに、昔は自分の手の温かさをあまり好ましく思っていなかった。
    でも看護師になってからはこれも一つの才能かもしれない、と思い始めた。

    患者さんから何故だかよく手を握られるのは看護師だから、というよりも手が温かいからなのかもしれない。
    手を握られたら、ぎゅーっと握り返して心の中で願う。
    「元気でおって下さい」
    「家族と仲良くね」
    「ご飯食べれますように」
    願うことはその患者さんによって様々だ。
    その人が退院したあと、どんな毎日を過ごすのか。全部を知ることはできないけれど、どうかできる限り元気でいてほしいと思う。

    手術前、緊張でガチガチの患者さんの背中をさすって
    「頑張って。あ、手術頑張るのは先生ですね。」とほぐす。
    「そりゃそうや。何言っとんが。」
    そんなやりとりで、患者さんが笑ってくれることがある。

    少しでも緊張がほぐれるように、背中をさすり続ける。
    薄い術衣越しに、自分の手の熱がゆっくりと相手の背中に溶けていくのを感じながら、ただ静かに手を動かし続ける。

    手術を受けるのは患者さんだ。どんなに声をかけても、代わってあげることはできない。不安を全部取り除いてあげることもできない。

    それでも、少しでも安心して手術室に向かってほしい。

    「その手の温かさ、安心する」
    そう言ってもらったことがある。

    自分では当たり前だった手の温かさが、誰かにとっては安心できるものになる。
    そう思うと、昔は嫌だなと思っていたこの手も、悪くないなと思う。
    ちなみに、私の手はものすごく小さい。
    「子どもの手みたい」と言われることもある。
    そんな小さな手でも、誰かの手を握り返すことはできる。
    緊張している患者さんの背中をさすり、少しでも安心してもらうこともできる。
    手の大きさなんて、誰かを安心させることとは関係ないらしい。


    久しぶりに会った患者さんに「会いたかった!」と言われ、自然に手を握った。自分にできることは限られていても、こうして手を握り返すことはできる。
    看護師だからといって、患者さんの人生のすべてに関われるわけではない。
    それでも、目の前の患者さんの手を握ることはできる。再会したときに、また握り返すこともできる。

    手が温かいだけではなく、身体全体が人よりも温かいらしい。その小さな体温のせいか、部屋が少し冷える夕暮れになると、猫たちが吸い寄せられるように膝の上へ丸まりにくる。私という体温計は、どうやら猫にとってもあつあつの特等席らしい。


    自分では特に意識しているわけではない。何かをしてあげようと思っているわけでもない。

    それでも、人であれ猫であれ、誰かが安心できる材料になっているのなら、それはいいことだなと思う。


    もともと何をするにしても人よりも時間がかかって得意なことも少ない自分だからこそ、この才能だけは大事にしよう。そう思った。

     
     
    本と猫を愛する看護師15年目。 天界「医療現場に適任者を派遣します」 天使「慈愛に満ちた方ですか?」 人事部「確認を怠らず、納得できぬ指示には根拠を求め、上にも物申す者です」 天使「それ鬼軍曹では…?」 人事部「白衣を着せれば大丈夫」 即日着任。note界の白衣の天使。

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