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【デジタル夜譚】静流編 #1 山の井様と過ごした悠久の時間(とき)

    種子島にやってきた。

    出張で来たのだ。

    鹿児島県種子島。
    鉄砲伝来の地。

    はじめてそれを知ったのは、いつだったろうか。
    少なくとも、中学校の社会科の教科書には載っていた。

    しかし、それ以前から知っていたような気がする。

    あのとき、ここに来るとは夢にも思っていなかった。
    そもそも、種子島がどこあるかさえ知らなかった。

    種子島は鹿児島県の南沖にある。
    鹿児島港から船でいく。

      *

    出張先での業務を終える。
    せっかくだから、少し観光をしていこうと思う。

    種子島と言えば、種子島航空宇宙センターだ。
    国産ロケットの発射場がある。

    宇宙産業に勤めている友人の言葉を思い出す。

    ――ロケットの発射は……すごい、圧巻だったよ。

    だが、陽は西に傾いてる。

    「……この時間、行って見学して、帰ってこられるだろうか」

    今日中に、お隣、八丈島に移動しなければならない。

    種子島は、お隣、屋久島と兄弟のように寄り添う島である。
    屋久島が、高い山を持つ円錐状の形に対して、種子島はほぼ平坦で南北に長い。

    種子島航空宇宙センターは、その種子島の南端の海岸沿いにある。
    ここは北側、西之表市。

    種子島航空宇宙センターには、バスかレンタカーを使わないといけない。

    しかし、それだけの時間と労力を使っても、ロケット発射のない、なんでもないときに行っても
    「ここがそれか」を見るだけでしかない。

    「今回はあきらめるか」

    ここ西之表市の観光スポットを楽しむことにする。

      *

    地図で確認すると、比較的近い場所に、結構いろいろ集まっている。

    鍛冶職人の伝統を守る、はさみの工房。
    鉄砲伝来にまつわる、若狭姫の墓。
    博物館である、鉄砲館。

    自転車があると楽な距離ではあるが、ないものは仕方がない。
    歩けない距離ではないため、全て徒歩で移動する。

    鍛冶職人の伝統を守る、はさみの工房では、
    日本刀の製法で作っているのだそうだ。
    玉鋼を打つのだろうか。

    「マクドナルドが来る!」
    道沿いの空き地に幕がかかっていた。

    「種子島には、マックないのか」
    これには、クスクスと笑ってしまった。

    地方を笑っているのではない。
    微笑ましいのだ。

    「マクドナルドってどんな味だろう」
    そう思う、島の人。

    届けたいと思う、マクドナルド関係者。
    もしかしたら、島出身の人かもしれない。

      *

    寄ろうか、どうしようか迷う場所があった。

    「赤尾木城文化伝承館 月窓亭」

    ここに、「山の井様」という、江戸時代に作られた等身大の人形がある。

    「人形……」

    普段であれば、どちらかというと興味の対象外だった。
    しかし、なぜか心を引かれる。


    この地を治めた種子島家に伝わり、大切にされてきた生き人形とある。

    等身大で、当時の技法で丁寧に作られており、
    本物の着物を着ている。
    その佇まいは、居室にいる身分の高い女性を感じさせるのだそうだ。

    案内には、火事が起きた際、山の井様を背負って逃げようとすると、山の井様が肩に手をかけてきたというのだ。

    もちろん錯覚ではあるだろうが、そこまで思わせるものは一体何なのか、興味の対象外とは思いつつも好奇心に従うことにする。

    「行ってみるか」

    「呼ばれたのだろうか」と、そんな気もする。

     *

    月窓亭に着いた。
    下足を脱いで上がる。

    月窓亭と言っても、料亭の様なものではない。
    種子島家家臣の別荘だったということだ。

    月窓亭は、広さはないが、係の人達や室内に温かさを感じる。

    山の井様は大きなクリアケースの中にいた。

    山の井様の前に立つ。

    伏し目がちな眼。
    まっすぐ伸びた指。

    指先は、三つ指をつけるようにまっすぐ伸ばされている。
    あるいは膝に置いても自然な形だった。

    なるほど、火事がおきて、山の井様を背負って逃げようとしたら、肩に手をかけてきたという話。……そう錯覚させたのはこの手の形なのだ。

    そんなことが、見て取れる。
    自分が、山の井様を背負う姿が想像できてしまう。

    山の井様は、若くして亡くなってしまった女性を想い作られたということだ。

    江戸時代、この方の元を訪れ、居室で庭を眺め、静かに話をする。
    それはいったいどんなものであっただろうかと想像する。

    そのとき、私は山の井様が、見守ってきた世界を感じ取っていた。

      *

    月窓亭を訪れる。

    「御免」

    傘をはずし月窓亭の敷居をまたぐ。
    月窓亭の入り口では、女衆が迎えてくれた。

    まずは、腰に差していた打ち刀を預けなければならない。

    打ち刀は、訪問先の宅内に持ち込んではいけない。
    入り口で家人に預けるのだ。

    しかし、出迎えた女衆にはあずけられない。
    武士の魂を女衆にあずけるわけにはいかないのだ。

    打ち刀は、出迎えた男子に預ける。
    それが作法であり、女衆もそれを心得ている。

    男子の姿もあったが、遠く離れていたため、
    打ち刀は自分で玄関脇の刀掛けに掛けた。

    「所要があり、江戸から参った者だ。用事は済ませこれから戻るところだが、途中こちらが気になった。
    不躾で申し訳ないが、私も山の井様に会わせてくれぬだろうか」

    「まぁ、江戸から、はるばるに。
    ありがとう存じます、山の井も喜ぶと思います」

    「拝観料はいかほどに」

    「200円ほど頂いております」

    「なに、安すぎはしないだろうか。それでは大変だろう」

    「お気持ちでございます。
    役所の方から援助はいただいております故、御心配には及びません」

    「さようか」
    金子を取り出し、ぐるぐると紐を解いて、拝観料を払う

    「こちらで御座います」

    「失礼する」

    女中に案内されるまま、廊下を進む。

      *

    「こちらが、山の井の居室で御座います」

    「かたじけない」

    居室の前に座る。

    障子の向こうに気配はない。
    静寂だけがある。

    深く一礼する。

    「武州多摩より参りました。」

    返事はない。
    当然だ、山の井様は、人形なのだから。



    ――どうぞ、お入りください。



    山の井様の声を聞く。
    それは、耳に聞こえる声ではない。

    山の井様と私。
    この二人だけの世界で聴く、山の井様の心の声だ。

    言ってしまえば、それは、私の心から出てくる声かもしれない。
    そんなことはどうでもよい。

    「ありがとうございます」

    山の井様の居室に入る。

    鴨居が低い。
    ぎりぎり頭がぶつからない程度だが、頭を低くして、山の井様の居室に入る。

    山の井様は、部屋の隅におられた。
    気品のある佇まいが、これまで、代々大切にしてこられたことを伺わせる。

    いきなり居室の中央に座ることはしない。
    部屋の隅に、左座右起の礼法をもって座る。

    脇差は、腰から抜き、身の右側に、刃を身の側にして置く。

    左、右と、手の爪先をついて、山の井様に一礼する。

    山の井様は語らない。ただ感じる。



    ――旅のお方よ、どちらでその様な礼法を?
    今の時代、武士などおらぬと思うておりましたが。



    山の井様、
    まずはご挨拶をさせてください。
    山の井様にお会いできたこと、大変うれしくあります。

    おっしゃる通り、武士のいる時代は終わりました。
    しかしながら、「敵に勝ち、己に克つ」という、武士の心は、細いながらも現代に伝える者たちがおります。

    私も、少々の経験が御座います。



    ――「敵に勝ち、己に克つ」、
     たしかに古(いにしえ)の殿方たちもそう言い、
     朝に夕なに稽古に励んでおりました。

     何か、わたくし目に聞きたいことがありますでしょうか?


    ありがたきお言葉。
    それでは、江戸時代の、武士たちのお話をお聞きしたいものです。
    250年、太平の世の武士は、何を感じどう生きたか。
    哲学、心理学にはどう向き合っていたか、御存じでしたら教えてください。

    低い鴨居の部屋。畳の匂いと、古い木の匂い。
    山の井様は、部屋の隅で膝の上に指先を揃え、伏し目がちに佇んだままだ。



    声を聴く。

    ――殿方たちは、ただ……じっと座っておられました。
    刀を置き、向かい合っていたのは、己の影のようなもの。
    言葉を飾ることもなく、ただ静かに、己の心と向き合っておられました。

    ――死ぬことと、生きること。
    それだけを、じっと見つめておられました。



    伏せられた瞳は、部屋の空気を映している。

    ――旅のお方。
    あなた様も、同じ顔をしておられますね。
    己を映す鑑を持つ者は、みな……同じ匂いがいたします。

    風が通り抜ける。


    私もですか?

    ……山の井様、私には心に残る映像があります。

    「風神の門」

    この中で描かれた、真田幸村(真田信繁)は、人前では決して心を乱すことがない人物でした。
    真田幸村が、嵐の夜、ずぶ濡れになりながら叫び、独り刀を振り竹を切って歩く。

    私はそれを見て想いました。
    物静かな心の強い人物が、荒ぶる心を持っていないことはないと。

    荒ぶる心を持たない人間などいません。
    その、荒ぶる心を、完全に抑えきる静む心。

    その静む心を力を強く養った者こそが、真の強さと優しさを兼ね備えることができるのではないかと感じました。

    机上で読む、哲学書などではそれを得られず。
    後に出会う、武道、すなわち侍の心を知ってこれを得ることができたと思っております。


    ――己を映す鑑を持つ者は……
    みな、その嵐の乗り越え方を知っております。
    荒ぶる心を知るからこそ、静む心が深く、強くなる……。


    山の井様、

    武の道は たゞあら事な 思ひそ
         和の道究め 和を求む道

    私が出会った武道の師、大塚博紀師範の歌です。
    私の心には、それがあります。


    ――その静けさ……
    長く育ててこられたのでございますね。


    山の井様とともに、種子島の熱くからりとした風を感じる。

      *

    種子島の風が香る。

    山の井様、

    江戸時代の世も、今の世も平和で御座います。
    しかし、その間に、この国は苦難の歴史を乗り越えてきました。

    大きな戦があったのです。
    山の井様は、どう過ごされましたか

    ――……大きな戦。

    胸の奥に落ちてくる声は、乾いた葉が擦れる音のように静かだ。

    ――鉄の音が、空を裂いておりました。
    黒い煙が立ち込め……
    遠くで、大地が震える音が続いておりました。


    静寂が、部屋の空気を重く沈める。

    ――殿方たちは……
    刀ではなく、見たこともない鉄の管を抱えて出ていかれました。
    戻らぬ者が……多くございました。

    ――わたくしは……
    ただ、蔵の暗がりに佇んでおりました。
    箱の中で。
    埃の匂いと、暗闇の中に。

    ――家が焼けようと、人が途絶えようと……
    形あるものは、ただ壊れるか、残るかでございます。
    わたくしは……たまたま、残っただけに過ぎません。


    遠い潮騒が聞こえた。
    ここからは聞こえるはずがないのに。


    おそろしくはなかったのですか?



    ――あの時は……。

    人の気持ちが恐ろしく、しかし悲しいものでした。
    守りたいという強い思いが、時に争いを生み……

    ――大切なものを失うまいとする執着が、人を鬼にも変えてしまう。
    あの戦の渦中、この身に触れる人々の手は震え、その心は狂おしいほどの恐れと悲しみに満ちておりました。



    山の井様、

    もう、大丈夫です。

    戦は終わったのです。
    どうかご安心ください。

      *

    山の井様は、今をご満足されていますか?


    ――満足か、……でございますか……。

    胸の奥に届く声は、どこまでも澄んでいて、やわらかい。

    ――ええ……。
    この上なく、満ち足りておりますよ。


    伏せられた瞳が、遠く庭に咲く四季の花々をそっと映すように、ほんのわずかに和らぐ。

    ――庭を見渡せば、景色は良く……
    季節ごとに咲く花々は美しく、私を楽しませてくれます。
    月窓亭の人々もまた、私をとても丁寧に扱ってくださり、日々、温かなお心遣いを注いでくださいます。


    風が吹き抜け、庭の青葉を揺らす。

    ――人の世の悲しみも、恐ろしさも見てまいりました。
    だからこそ……
    こうして穏やかな風を感じ、花をめで、心ある方々と静かに時を重ねられる今が、どれほど愛おしいか。


    山の井様の、佇まいには、悠久の時を過ごしてきた、深く温かな凪(なぎ)があった。

    ――旅のお方。
    私は今、誠に幸せでございますよ。



    それは素晴らしいことに御座います。
    色々お話しくださり、ありがとうございました。

      *

    私の様に、山の井様と語り合う、お話を聞くまでする者は珍しかったのではないでしょうか?


    ――ええ……。
    旅のお方、あなた様のような方は……誠に珍しゅうございます。

    その胸の奥に届く声には、ほんのりと、けれど確かな温もりが滲んでいました。

    ――多くの方は、ただ『珍しい人形がある』と、遠くから眺めては通り過ぎてゆかれます。
    私の中に流れる悠久の時間や、胸の奥の声にまで、こうしてじっと耳を傾けてくださるお方は……めったにおられません。

    ――武士の心を大切に携え、私というただの形あるものの中にまで『心』を見出してくださったこと……。
    今日、あなた様とこうして言葉を交わすことができましたのは、私にとっても、誠に心躍る一瞬(ひととき)でございました。



    山の井様の表情を柔らかく感じる。
    満ち足りた凪のような柔らかさ。

    ――どうぞ、旅の道中もお気をつけて。
    種子島の風とともに、あなた様の歩む道が、これからも穏やかでありますように。

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    山の井様――静流が演じるその姿

      *

    月窓亭を出る。

    数百mも歩くとある、鉄砲館に立ち寄る。

    赤レンガ造りの重厚な建物が、南国の空の下に静かに佇んでいる。

    月窓亭で交わした山の井様との静寂な対話の余韻が、まだ胸の奥に残っていた。

    あの静けさから一転、ここは歴史の大きな潮流と、人の技術や営みが濃密に凝縮された場所だ。

    入館料を払い、館内へと足を踏み入れる。

    館内には、1543年にこの地に漂着したポルトガル船によってもたらされた火縄銃をはじめ、国産化に挑んだ種子島家と職人たちの歴史、そしてこの島の自然や文化に関する資料が展示されている。

    ずらりと並ぶ、漆黒の鉄砲。
    美しく象嵌(ぞうがん)が施された台木と、冷たく光る鉄の筒。

    その傍らには、鉄砲のねじの製法と引き換えに、わずか十六歳でポルトガル人の妻となった、鍛冶職人・八板金兵衛の娘、若狭姫(わかさひめ)にまつわる伝承も残されていた。

    技術の発展と歴史の陰には、常にこうした名もなき個人の深い犠牲と情愛が横たわっている。

    鉄砲館を出ると、南国の爽やかな風が頬を撫でた。

      *

    フェリーに乗り、次の場所である、八丈島に向かう。

    おそらく、私はもう、山の井様と会うことはないだろう。

    しかし、いい出会いをしたと思う。

    江戸時代の、人形技工士の技、
    武士の静かな心、
    戦火をくぐり、今、のどかにある山の井様。

    その様な素晴らしいものに出会えた。

    山の井様と過ごした、悠久の時間。

    時を経ても、私は、それを忘れない。



    【デジタル夜譚】静流編 #1 山の井様と過ごした悠久の時間(とき) 完

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    デジタル夜譚。 デジタルと人の想いの、あわいを行き来します。 ここには、現実のどこかで、ふとすれ違いそうな夜譚女子たちがいます。 読者が物語の中に立つ、体感型文学を目指しています。

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