
納得しないと動けない病
2023年5月11日(木)朝の6:00になりました。
進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む。
どうも、高倉大希です。
納得しないと動けない病に侵され
腑に落ちるものばかり求めて
いつの日か粉になって散るだけ
COVID-19 が流行するずっと前から、人の世には「納得しないと動けない病」が蔓延しています。
この病に感染している人は、とことん自分が納得するまで、アクションを起こすことができません。
なっ‐とく【納得】
他人の考え、行動などを理解して受け入れること。わかってのみこむこと。理解して肯定すること。
たしかに、納得することは大切です。
しっかりと腑に落ちた状態で取り組むことができれば、進捗もスムーズになるはずです。
ものごとを理解する力は、間違いなく必要だと言えるでしょう。
一方で、この「納得」にはちょっとした怖さが含まれています。
「いまの自分の判断が最優先されてしまう」という怖さです。
「いまの自分の判断」によほどの自信があるのであれば、納得するまでじっとしていてもよいのかもしれません。
ただしその裏では、貴重な機会が遠ざかってしまっていることもまた事実です。
頭のいい人は見通しがきくだけに、あらゆる道筋の前途の難関が見渡される。少なくも自分でそういう気がする。そのためにややもすると前進する勇気を阻喪しやすい。頭の悪い人は前途に霧がかかっているためにかえって楽観的である。そうして難関に出会っても存外どうにかしてそれを切り抜けていく。どうにも抜けられない難関というのは極めてまれだからである。
「いまの自分の判断」なんて、あとで振り返ってみれば、どうせ大したものではありません。
「合っているわけがない」という前提に立った方が、よっぽど建設的です。
46億年の歴史をもつ地球に、たった数十年しか生きていないのです。
「いまの自分の判断」にどこまでの価値があるかなんて、考えなくてもわかります。
本当の話、あなたが人生で何をするかは、そんなに重要なことじゃない。あなたが限られた時間をどう使おうと、宇宙はまったく、これっぽっちも気にしていないのだ。
諸氏百家のひとりである老子は、こんなことを言いました。
「自分自身へのこだわりがなくなったときに、はじめて本当の自分になれるのだ」
いまの自分の判断なんて、合っているわけがない。
一個の「私」なんてどうでもいいじゃないか。
毎朝6時に更新します。読みましょう。 https://t.co/rAu7K1rUO8
— 高倉大希|インク (@firesign_ink) January 1, 2023