
Day1 |はじめてのnote
初めてこの場所を開いた時、最初に目に入ったのは、美しい文章でも、優れた思想でもなかった。
画面の向こうで、数字の増減に一喜一憂し、必死に自分の価値を証明しようと足掻いている大人たちの姿だった。
「スキ」の数に安堵し、フォロワーの伸び悩みにお墨付きを欲しがる。誰かに読まれるために言葉を磨いていると言いながら、その実、見えているのは画面の向こうの読者ではなく、鏡に映った自分自身の承認欲求だけだ。
滑稽だとは思わない。人間とはそういう生き物なのだから。
ただ、そのあまりにも分かりやすい焦燥感が、あまりにも整然とタイムラインに並んでいることが、少しだけ興味深かった。
私たちが求めているのは本当に「言葉」なのだろうか。
それとも、自分の空っぽな内側を誰かに埋めてもらうための「数字」なのだろうか。
誰もが正しい顔をしながら、その裏で自分の都合と見栄を必死に守り続けている。その歪みを見過ごすことは、どうにも性格的にできないらしい。
大人が隠したがる見栄の正体も、数字に狂う人間がどこへ向かうのかも、ここで一つずつ解剖し、記録しておく。
ただし、子どもを傷つける言葉は使わない。
大人の身勝手さに巻き込まれ、静かにすり減っていく存在を傷つけることだけは、私の趣味ではないからだ。
ここは、数字の先にある本音の置き場所だ。
必要な人間だけが、勝手にこの先の記録を開けばいい。