
動物嫌いだった父が、猫にデレデレになるまで
うちの父は、動物が嫌いだった。
犬も、猫も
今思えば、そんな父が猫に向かって「コッタ♪ コッタ♪」と声をかけるようになるなんて、誰が想像しただろう。
父が亡くなって、もう20数年。
今日は、そんな父と一匹の猫のお話。
毎晩、海へ出ていく父
父は漁船を持っていた。
毎晩、漁に出る。
家に帰ってくるのは、朝方。
私たちが眠っている間に海へ出て、魚を獲って帰ってくる。
猫なんて家に入れたら怒られる。
私はそれをよく分かっていた。
だから、あの日も父には内緒にするつもりだった。
職場の前で出会った、小さな命
ある日、私は職場の前で子猫を保護した。
小さくて、かわいくて。
そのまま放っておくことなんてできなかった。
でも、問題は父だった。
動物嫌いの父に見つかったら、絶対に怒られる。
そこで私は、子猫を自分の部屋でこっそり飼い始めた。
父に見つからないように。
鳴き声が聞こえないか、ドキドキしながら。
……とはいえ、今思えば、あんなに小さな子猫が鳴けば、気づかないはずもない。
父はきっと、最初から気づいていたのだと思う。
でも、はっきりとは言わなかった。
そんなある日。
何かの拍子に、子猫が部屋から出てしまった。
すると父が、
「こっちに来るな!」
「部屋から出すな!」
と、大騒ぎ。
ほら、やっぱり。
だから内緒にしていたのに。
私は慌てて子猫を部屋に連れ戻した。
このときはまさか、父が猫にデレデレになるなんて思ってもいなかった。
名前は、小太郎
子猫には、小太郎と名付けた。
弟のあだ名が「小次郎」だったので、そこから取った名前だ。
小次郎に小太郎。
なんだか兄弟みたいで、ちょっといい。
小太郎は、うちの家族の一員になった。
ただし、父にとっては、まだまだ歓迎できない存在だったはず。
少なくとも、私はそう思っていた。
あの日までは。
父が獲ってきた魚に、目を輝かせた小太郎
ある日、漁から帰ってきた父が、獲ってきた小魚を家に持ち帰った。
すると、小太郎がその魚に興味津々。
小さな体で、魚をじーっと見つめていたのだろう。
その様子を見た父は、最初こそ困ったようにしていた。
そして、ひと言。
「しかたないなー」
そう言いながら、小太郎に魚をお裾分けした。
……あれ?
動物嫌いじゃなかったっけ?
猫が部屋から出ただけで、あんなに怒っていたのに。
自分が獲ってきた魚を、猫にあげちゃうの?
私はきっと、心の中でそんなツッコミを入れていたと思う。
でも、本当の変化はここからだった。
「コッタ♪ コッタ♪」
その日を境に、父は変わった。
小太郎のことを、
「コッタ♪」
「コッタ♪」
と呼ぶようになった。
しかも、声が違う。
あの、猫が嫌いで、部屋から出すなと怒っていた父が。
すっかりデレデレになっていた。
小太郎の姿を見つけては「コッタ♪」。
まるで、かわいくて仕方がないというように。
あんなに動物が嫌いだったのに。
人って、こんなに変わるものなんだな。
今思い出しても、ちょっと笑ってしまう。
もしかしたら父は、最初から小太郎のことが気になっていたのかもしれない。
でも、動物嫌いという手前、素直になれなかったのかな。
本当のところは、もう分からない。
ただ、小太郎に魚を分けてあげたあの日から、父と小太郎の関係が変わったことだけは、よく覚えている。
小太郎に訪れた、悲しい出来事
小太郎は少しずつ外へ遊びに出るようになった。
そして、ある日。
小太郎は足を怪我して帰ってきた。
後ろ右足が不自由になってしまった。
それでも、小太郎はうちの大切な家族だった。
やがて、体調を崩すようになった。
何が原因だったのか、今となっては分からない。
そして、家族みんなで小太郎を見守った。
最後まで、みんなで。
あんなに小さかった小太郎。
職場の前で出会い、父に内緒で部屋にかくまい、名前をつけた猫。
父をあっという間に虜にした猫。
その小太郎を、家族みんなで見送った。
今でも、あのときのことを思い出すと、胸がぎゅっとなる。
動物嫌いだった父が教えてくれたこと
父は、20数年前にくも膜下出血で亡くなった。
だから、もう「コッタ♪」と呼ぶ父の声を聞くことはできない。
でも、私の記憶の中には、ちゃんと残っている。
猫が嫌いだった父。
子猫が部屋から出てきただけで怒っていた父。
それなのに、自分が獲ってきた魚を小太郎に分けてあげた父。
そして、いつの間にか「コッタ♪ コッタ♪」と、デレデレになっていた父。
人は、変わるものだ。
そして、思いがけない出会いが、人の心を変えることもある。
父にとって小太郎は、ただの猫ではなかったのだと思う。
もちろん、本人に聞くことはもうできないけれど。
もし今、父が生きていたら。
きっと私は、こう言うだろう。
「父ちゃん、動物嫌いだったんじゃないの?」
そうしたら父は、照れ隠しでもするように、
「うるさいな」
なんて言うのかもしれない。
その横で、小太郎がのんびり寝そべっている。
そんな光景を、ちょっと想像してしまう。
父ちゃんと小太郎が、今もどこかで寄り添っているような気がする。
そんな二人を思いながら、私は今日も、あの日の声を忘れずにいる。
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