
アイスの日
「今日はアイスの日に決めたから」
アイスの日がアイスの日となる前日、職場の休憩室の前でビニール袋を渡された。そのコンビニ袋には某高級アイスクリームばかりが十数個、持つと指に持ち手が食い込むぐらいぎっしり詰め合わされている。
「いいとこおったな。これ、冷蔵庫入れといて」
その体に似合わぬ小さなハンカチを何度も額に押し当てる係長に事務所に入る直前に頼まれた。
そういえば先日も冷凍庫に入っていたっけ。あれは猛暑の労いか別の課の係長がそこの女性スタッフにこっそり食べるように話しているのを耳にしていた。ひょっとするとうちの係長も···。いや、まさかね、これ来週から使えるからとおまけの水と配布期間が印字されたコンビニレシートをもらったことを思い出しその考えを打ち消した。
係長から私たちにという線はない。ならばこのアイスに関心を向けることは宜しくない。だとしたら…、私は何種類も入っていそうなアイスに興味ありません、よ、だから中を覗き込んだりしませんよいうように、コンビニ袋の持ち手をキュッと結んでパタンと冷蔵庫の扉を閉めた。
そうこのアイスは私には関係がないのだ。
事務室に戻るとすっかり汗が引いているはずの係長がまた額に汗が滲んでいるかのような風情で顔を寄せてくる。
「いやー、参った」
小声で話す内容は取引先に下でばったり会い、皆さんでどうぞとアイスを渡されたとのことだった。
「どうしよう」
「報告ですね。それから経費申請して相応のものをお返し。但し、虚礼廃止でお断りするよう通達されている以上申請時に経緯の説明は要りますね」
「もしくは、すまんが受け取るわけにいかなんだ、返すか…だな」
暑い日のアイス、これ以上ない贈答品が職場においては厄介物となってしまった。
係長は取引先の担当者に電話をかける。
「うわっ、部長、ちょっと出てくると行ってそちらにお邪魔してたんですね。溶けるからって、そうですか、一旦受け取ったけど返したい。えっ、アイスをですか。えっ、そんなにあるんですか」
取引先にアイスの差し入れをした部長は一転、厄介な人となり、その引き取りを依頼するうちの係長も相当に厄介な人だ。
アイスを冷蔵庫に入れてくれ、そう頼まれただけなのにすっかり厄介ごとに巻き込まれている。
「受け取れないのは分かりました。けど取りに伺ってもこちらに持って返るにも溶けてしまう。返したことにして御社で処分を…」
電話しながら係長は額の汗を拭っている。
「取り敢えずお伺いできるなら明日です」
担当者からその言葉を引き出し係長は電話を置いた。
次の日
係長がやってくる。
額に汗は浮いておらず晴れやかだ。
「あれな。野菜室やった」
(What are you talking about?)
「なんのはなしですか」
「全部、溶けてた」
厄介ごとに巻き込まれた傍観者のつもりが一転、主犯になってしまった。
双方の手間も省けて、部長のメンツも潰さずに済む。顔にはよくやったと安堵の色が滲んでいた。
すみません
謝るべきはアイス達に
「今日はアイスの日」
そう決めてスーパーで高級アイスを買い込んだ。
会社に野菜室なんていらない
そう呟いたある夏の日のはなしでした