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この一着、誰かの人生に似ている気がした。オンライン古着屋を始めたきっかけ。

    古着を扱ってるときにわたしが興奮する瞬間。

    古着の仕入れに行って商品をひとつひとつ手に取って見ていると、タグ部分にネームが殴り書きされていたり、レシートが入っていたり、こないだはシューレースが入っていたりと前の持ち主を感じられる瞬間がある。
    そんなときのわたしの気持ちの話です。

    「この服、誰の人生を歩いてきたんだろう。」


    仕入れで古着を選んでいる時、不意にそんなことを思うことがある。

    ハンガーに吊るされた服たちは、
    みんな当たり前のようにそこにいるけど、
    その一着一着に“どこかの誰かの時間”が詰まっている気がしてならない。

    たとえば、わたしがオンライン古着を始めるきっかけになった一着。
    90年代のリーバイスのデニムジャケットだ。

    たぶん、この服は大事に着られてきた。

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    袖口のボタン

    見た瞬間、なんとなく「この服は手放されるのを惜しまれたんじゃないか」と感じた。

    肩の落ち方、袖口の擦れ、色落ちの仕方。
    それら全部が、「着られてきた時間」のように思えて。

    ボタンはすべて揃っていたし、タグには、うっすらと文字の跡が残っていた。
    名前だろうか? ニックネームかもしれない。

    それを見たとき、ふと想像してしまった。

    名前を書いて、袖を通した朝。


    たぶんアメリカのどこかの街。
    ちょっと肌寒い朝に、その人はこのジャケットを羽織って出かけた。
    コーヒー片手にコンビニに寄ったり、友達の家に顔を出したり。

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    タグに書かれた持ち主のネーム


    ジャケットのタグに入った文字は、
    「これは自分のものだ」と伝えるように、さりげなく書き込まれている。

    多分、この持ち主にはお兄さんがいて、「これは俺のジャケットだから着るなよ!」とでも言ってたんじゃないかなとか想像する。

    そんなところに、ちょっとだけ愛着がにじんでいて、僕はこの服に惚れた。

    古着には、本当の持ち主の“顔”がない。


    だからこそ、想像する余地がある。
    服に宿った空気とか、手触りの中に、なんとなくその人が透けて見えることがある。

    うちのショップでは、たまに商品に“架空のストーリー”をつける。


    それは実際の持ち主の話ではないけれど、
    「こんなふうに暮らしてたんじゃないかな」という妄想を、丁寧に紡いでいる。

    その服に、新しい物語が重なる前に。
    せめて、これまでの“余白”を共有しておきたいからだ。

    価値じゃなく、“空気”で選んでいる。


    うちの仕入れは、いわゆる目利きではない。

    タグが珍しいとか、価格が高騰しているとか、そういう軸では選んでいない。

    「なんかいいな」「惹かれたな」と思ったものを、素直に仕入れている。

    このデニムジャケットもそうだった。
    価格や年代よりも、そこにある“暮らしのにおい”に心が動いた。

    そして、それに共感してくれる誰かがいたら、きっと届くんじゃないかと思っている。

    誰かの暮らしを継いでいく服。


    古着って、中古品じゃない。

    服の向こうにいる“誰かの気配”を、
    そっと受け取って、また誰かに手渡していく営みなんじゃないかと思う。

    もしあなたがこのジャケットを手にしたなら、
    その文字の跡を見て、少しだけその人の暮らしに想いを馳せてみてほしい。

    きっと次は、あなたの暮らしに寄り添ってくれる。


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