
「いつものように」〜カレンダーの字が変わった夏の話〜
毎夏、同級生宅に気の置けない仲間数名で集まり、飲む会がある。
これは、去年の話だ。
友人はその年の冬、奥さんを亡くしていた。仲間内では、今年は例会を控え、お盆のお参りだけにしようという話になっていた。
しかし当の友人から、「妻も喜ぶと思うから、例年通り集まってほしい」と連絡が来た。喪に服し、宴席の誘いをすべて断ってきたという友人にとって、この夏の例会は、一つの節目だったのだろう。
例会の日、僕らは予定通り友人の家を訪れた。額に入った奥さんの写真に献杯をして、飲み始める。あとは例年通りの宴だ。なんとなく気まずかった気持ちも忘れ、くだらない話をしながら杯を重ねた。
ビールを何杯か飲んだ頃、トイレに立った。用を足しながら、壁のカレンダーに目が留まる。「誕生日」「不燃ごみ」と、奥さんがボールペンで書いた文字が並んでいた。
真冬に急逝した奥さんの字が、8月のカレンダーにまだ残っている。友人は毎日、この文字をどんな気持ちで眺めているのだろう。想像すると、酔いが一瞬で醒めた。
そして今年の夏。
いつもの仲間、いつもの家で飲んだ。トイレに立ったのも、いつも通りだ。
去年のことはすっかり忘れていたが、「誕生日」「不燃ごみ」の文字は、友人の字に変わっていた。
毎月カレンダーを破るとき、友人はどんな気持ちだったのだろう。まっさらなカレンダーに自分で予定を書き込むとき、何を思っただろう。
奥さんに先立たれ、子どもたちも巣立った家に、友人は一人で暮らしている。僕の娘がまだ家にいると知ると、しきりにうらやましがった。
宅飲みをほどほどで切り上げ、近所のスナックへ。これも毎年の恒例だ。誰かがサザンオールスターズの「栞のテーマ」を歌ったとき、間奏に紛れるように、友人が小さくつぶやいた。
「妻に会いたい。あー、会いたいな」
この曲を、奥さんとよく聴いていたのだろう。そう思った矢先、友人は間奏が終わらぬうちにトイレへ立った。
恒例の行事は、今年も滞りなく終わった。
夜道を歩くと、涼しくなった風に秋の虫の声が混じる。友人もこの風や虫の音に、奥さんとの思い出を、また一つ重ねているのだろうか。
家に着くと、犬を抱いた娘が玄関を開けてくれた。妻は、いつものように、口を開けて眠っている。
そのとき、娘が「ムカデ!」と叫び、犬もつられて吠えた。
口を開けていた妻が、跳ねるように飛び起きた。
僕は、床を這う小さなムカデを、ティッシュでそっとつかんだ。
いつものように。