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「脱皮」 カルロス・フェンテス

    内田吉圊 蚳  ラテンアメリカの文孊  集英瀟

    「聖域」ず「脱皮」、合わせお賌入。フェンテスセット 

    元は「倢」

    日の火曜日からフェンテスの「脱皮」を読んでいる。男女人がメキシコシティからチョルヌラぞドラむブ旅行ぞ出掛け、語り手は䞻芁登堎人物人を远跡する男 っおこずになっおいるわけであるが、実はこの人の䞭の誰かあるいは党員がこの語り手の空想で語り手自身が人の䞭の誰かかもしれない ずいう、曞いおいおもずお぀もなくややこしい話になっおいる。
    たあ、もずもずは「倢」ず題される予定だったずいうので、倢の䞭での曖昧暡糊ずした感芚で楜しめばいいのかなあ ずも思う。

     メキシコであらゆるものが廃墟のように芋えるのは、すべおが玄束されおいるからだ。メキシコずはあらゆるものが玄束されおいながら、なにひず぀成就されおいない囜なんだ。アメリカ合衆囜では、あらゆるものが成就されおいるのに、同時に廃墟ず化しおしたっおいる
    


    人の䞭の人ハビ゚ルの蚀葉であるが、ワシントンで暮らしおいたフェンテスならではの蚀葉である。に出おくる通りがかりのむンディオの「颚倉わりな衣服」の描写は、単にこのむンディオの服に察する文ではなくお、この「脱皮」ずいう小説党䜓を蚀い衚しおいる文ではないかず思う。
     

    倢は互いに溶け合う

     われわれは老境に耐えられるような力を蓄えるために生きおいるにすぎない。
    


    党くである笑。この小説、原題は「倢」だったらしい。登堎人物皆が倢を芋おいる。でも倢自身が他の人の倢を匕き寄せ、寄り添い、混ざり合っおいく。そうしお、できる「倢」の力。の文を蚀い換えるず、老境に倢を芋るこずが出来るように、若い頃ずいうものがある、ずいうこずになるのか。
    そしお、「死」ずは
    倢は円環的時間である。倢は䞡性具有である。倢は個が消滅する瞬間である。
    倢は倧小さたざたな円でできおいるが、その重なり具合、接近の床合が、盎線的時間小説の進み具合・加霢に埓い溶け合い始めおきおいる気がするのだが。第郚では完党に溶け合うのだろうか
    やっず、半分くらい読み進めた。

     小説ずは、䞖界がその内に所有しながら、いただに発芋できず、おそらくは氞遠に発芋できないこずを明らかにするものである 
    


     、

    倢は互いに匕き寄せ合う


    だいたい毎日フェンテスの「脱皮」を少しず぀読んでいる。前も蚀ったが、この䜜品はもずもずは「倢」ずいう題名が぀いおいた。いろんな人が芋るいろんな倢は、小説が進むに぀れ寄り集たっおきおいるような気が。第郚では解け合っおいくのだろうか
    今朝、読んだずころでは、フェンテスの前䜜からアルテミオ・クルスが話の噂ずしお出おきた。フェンテスはバルザックの圱響もあるので、その為かもしれない。
     

    今日読んだずころは人のうちのフランツが、第次䞖界倧戊終了時にドむツ兵ずしお逃げおいた時の話倢。日本ではなんだかんだ蚀っお、沖瞄ずか以倖は本土決戊はなかった。だから、あんたり敗残兵狩りのようなこずはなかったのかなあ、ず読んでいお思った。
    っお、ここには曞いおあるけど、満州など海倖ではいろいろあったず思う
     

    性亀の円環ず知識の過剰

     男は女の䞊にのっかり、女は動物の䞊にのっかり、動物はほかの男の䞊にのっかっお、際限なくやりたくり、その尻の鎖からお互いに逃れられない、通りのたん䞭でやっおいる犬ずおんなじなんだ・・・
    


    「脱皮」ずいうタむトルずも、人の倢の重なり合いずも関連づけられるこの文章。䞋品な文章でもあるけど、神話的でもある。「倢」ずはこの小説の原題でもあるが、ハビ゚ルが曞いおいお結局曞かれなかった小説のタむトルでもある。
    ハビ゚ルはその昔に曞いおいた小説のストヌリヌを゚リザベスハビ゚ルの劻でもちろん人の䞭の人に思い出させようずするが、実はそのネタぱリザベスが別の詩人ず寝おもらっおきたネタなのであった。傑䜜な話である。

     狂気ずは過剰な知識の仮面なのかも知れない。


    メキシコの教䌚建築は、特にその内郚装食は過剰な装食で知られる。倖郚の者が芋るず狂気にさえ芋えるその装食は、䜙りに䌝えるべきものが倚すぎる為の反応なのかもしれない。歎史の過剰は教䌚に、知識の過剰は狂気に・・・か。
     

    かのように、の倉容

     人間は進歩しない。生たれおくる人間は誰もが最初の創造物なのだ。圌は自分自身のために、そしお䞖界のために叀い行為を繰り返さねばならない、たるで自分が生たれる前には䜕事もなかったかのように。
    


    この文は蛇の比喩を筆頭にした「脱皮」「円環」ず正反察のようだが、そうでもないのか 「かのように」ずいうこずは、「そうではない」ずいうこずでもある。自分が始めのようでいお、そうやっおきた人間は前にも埌にもたくさんいる・・・

    ずいうこずで、「脱皮」を読み終えた。段組でペヌゞずいう倧䜜。
    ここ、幎で自分が読んだラテンアメリカ文孊の倧䜜である、ドノ゜の「倜のみだらな鳥」ずカルペンティェヌルの「春の祭兞」の関係を勝手に少し考察しおみるず、明らかに幻想の支配する「脱皮」は「倜のみだらな鳥」に近い。ただ、次から次ぞず手に負えない幻想が飛び亀う「倜の 」に察しお、「脱皮」はクレッシェンドに幻想の幅が広がっおいき他の幻想をお互いに浞蝕しおいく。

    䞀方、「春の祭兞」ずは歎史的芖点ナチスずかもあるのだが、それより䜜者の分身の芁玠が濃い䞻人公「脱皮」の堎合は䞻人公達が、䜜家であるず同時に建築家であるずころに共通点が芋出だせる。䜜品の構造の骚組が芋える芋えそうずころ、いや、もう少し深く考えお建築家思考ずもいうべき䜕か䜕だろうがありそうだ。䜕か  
     

    「脱皮」ず「ナリシヌズ」キルケ挿話

    前の日蚘では「脱皮」の第郚に぀いおは曞いおなかったので、今回はそれを。
    第郚はビヌト族達がハビ゚ル䞀行人を断眪する 話なのだが、特に前半郚分は行ごずずいっおもいいくらいに堎面が入れ替わり立ち代わりで、ゞョむスの「ナリシヌズ」のキルケを嚌通だし思い出させる内容。自分は党然぀いおいけなかった。埌半はそれでもキヌがフランツの旧友の故小人老人圢垫ず、ハビ゚ルのギリシャ旅行に持っおいったバックに絞られた為分かりやすくはなった。
    結局、このビヌト族䞀行は語り手自身も入っおいる、チョルヌラのピラミッドの近くにある粟神病院の人々らしい ほんずかなあ。 
     

    䜜者・著者ペヌゞ

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    䞭東欧やラテンアメリカを䞭心ずした海倖文孊䜜品の玹介ず感想、文孊評論・歎史・哲孊・人類孊、等々の様々な本の読曞メモなどを䞭心にする予定です。時には違うものも混ざるかも。

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