
のぞくおんな
以前、アメブロに書いたショートストーリーです。
前半の出来事は、わたしが実際に埼玉県川口市の川口駅で体験した本当にリアルなお話です。
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その日は新宿に用事があって、埼玉県川口市の川口駅にちょうど着いたときだった。ホームへの階段を降りきったところで構内アナウンスが聞こえた。
「ただいま当駅にて人身事故が発生いたしました。運転の再開はまだ未定です。大変ご迷惑をおかけいたしますが、今しばらくお待ちください」
新宿での用事は待ち合わせ時間があるものだったので、大変なことになったとわたしは心配したが事故となったら、もうどうしようもないとあきらめるしかなかった。
すると、ホームの中ほどで数人のひとだかりがあって目に入った。近寄ってみると男女6人ほどがスマホで何かの写真を撮っている様子だった。若い女性2人、年配の女性2人、若い男性が2人の6人だった。
スマホを向けている先を何気なく見ると、そこにはあってはいけないものが転がっていた。京浜東北線の線路上だったが、それは首からすっぱりと切断された女性の頭だった。
ショートヘアの茶髪で少し右向きになった顔が半分だけ見えて、右目が見開かれていた。そこに落ちていたのは頭部だけだったが、20mほど離れた湘南新宿ラインの線路上には首から下の胴体がそれほど大きな損傷もない状態で転がっていた。
ただし左足だけは付け根からありえない方向に折れ曲がっていた。そしてもちろん首がきれいに切断されていた。白いシャツとジーパンの清楚な服装だったが、ひどい出血が見えなかったので、苦しまず即死の状態だったのだろうか。
しかし、わたしはこんな場面の写真を撮っている6人が信じられなかった。写真を撮るなどもってのほかで、ここでは静かに手を合わせご冥福を祈るのが人としての姿ではないのかと。
「飛び込み自殺かしらね、すごいわね、こんなの初めて見た」と年配の女性が友達らしい女性に話しかけていたが、「ここは写真を撮るべき場ではないと思いますよ」と、わたしはいくぶん怒りを込めた大きめの声を6人にかけると、そそくさと6人は散っていった。そして、わたしはご遺体に静かに手を合わせた。
その後の駅構内は時間の経過とともに実にあわただしい様相を呈した。
駅員がご遺体に乗客が近づかないよう人の整理をしていると、オレンジ色の服を着て担架を抱えた救助隊が5,6人すごい勢いで走って到着。その後すぐに警察官も数名到着した。
しばらく電車も動きそうにないので、わたしはいったん駅の外に出たが、東口には救急車3台、消防車3台、警察車両5,6台が集結していて、何かとんでもないことが起きたというのが一目でわかる状況になっていった。
翌日、新聞で自殺したのは都内の予備校に通う19歳の予備校生だったことを知った。いったいどんな事情があったのだろうかと、やるせない気持ちになった。生きてさえいれば、なんとかなるからとその女性の話を聞いてあげたかったと心底思った。
そんな出来事があって、かれこれ1か月近くたったころだろうか。わたしは再びありえない経験をすることになった。アルコールを飲んで眠ることが多いので明け方なら尿意で目を覚ますことはあるが、夜中に目を覚ますことはほとんどない。しかし、その日は違った。目が覚めたのだ。
深夜の何時なのか確かめていないが外は真っ暗だったので、完全に深夜だろう。その状況が夢ではないことも頭で理解していた。なぜなら常夜灯に照らされた天井の模様をしっかり目で見ている自分を意識できていたのだから。
ただし体はまったく動かせない。動かそうとすると逆に体中が苦痛に襲われる。とんでもない恐怖に襲われながら体が動かないという二重の恐怖に閉じ込められていたわたしだった。
その「とんでもない恐怖」というのは、わたしをベッドサイドからのぞきこんでいる女性の頭だけのシルエットがはっきりと見えたからだった。

見たくもないのに、わたしの目は見開かれ、体は硬直している。すると、弱々しいがはっきりとした若い女性の声が聞こえてきた。
「あのときは、ほんとうにありがとうございました」え?なんの話?何かやったっけ?と、わたしはその言葉の意味がわからないままだった。
「私の写真を撮っている6人を追い払って、私に手を合わせてくれました。うれしかった……」そこまで聞いてようやくあの鉄道自殺直後の現場に居合わせた出来事をわたしは思い出した。
「人って、死んですぐなら脳はまだ生きているし、聴覚も残っているのです。親身になって私に寄り添ってくれたあなたの姿を忘れることはできません。なので、最後にお礼だけでも言いたいと思い、怖がらせて申し訳ないと思いながらも今夜はお邪魔させていただきました」
「あなたのような方に死ぬ前にお会いできていたら、私は死なずに済んだかもしれないと思うと……」そのとき、わたしの右手にあたたかい水滴がぽとりと何滴か落ちた。
「ほんとうに、ありがとうございました」その女性の頭のシルエットは軽くお辞儀をするような動きに見えた。「最後にお伝えしたいことがあります」と先ほどより、はっきりとした強めの声が聞こえた。
「あのときの6人は全員その後、鉄道自殺しています」
まさか、そんなことがあるのか、まさか!と驚いているわたしに次の言葉が降ってきた。「私が自殺を導き、その6人の首をすべて私がはねました」
その言葉を最後に女性のシルエットはかき消すようにいなくなり、わたしの体の硬直も消えていた。
右手の甲には、その女性の涙がまだ乾かずに残っていた。
わたしは、この体験をまだ誰にも話せていない……