
ラルフローレン完全版 ── デザイナーが替わらない50年
このブランドには、他の大きなブランドにない特徴がひとつあります。
1967年の創業から現在まで、創作の責任者が替わっていない。今回は番外編として、成り立ちからラインの地図、会社としての姿まで、一本にまとめます。
こんな場面、ありませんか?
ラインが多すぎて、どれがどの位置なのか分からない
古着屋で見かける古いタグと、いまの商品の関係が整理できていない
「ポロ」と「ラルフローレン」の違いを説明できない
なぜこのブランドだけ、ずっと同じ人が作っているのか知らない
この記事で分かること
ネクタイ1本から始まった経緯と、主要な年
10以上あるラインの地図と、終わったライン
1990年代に何が起きたのか
会社としての大きさと、ライセンスの構造
中古で見るときに、どこから手をつけるか
会社の公表、公的な記録、公開されている決算をもとに書いています。裏が取れなかったことは、そのように書きます。
無料部分では、成り立ちと「ポロ」という名前の意味までを扱います。
1. ネクタイ1本から始まった

創業者は1939年、ニューヨークの生まれです。本名はラルフ・リフシッツ。16歳のときに兄とともに姓を変えています。
洋品店の店員を経て、ネクタイを作る会社に勤めました。28歳のとき、社長に掛け合って自分のラインを持たせてもらっています。これが1967年です。
売っていたのは、ネクタイだけでした。
1968年、最初の男物の一式に「ポロ」という名前を付けます。1969年には大手の百貨店が彼の男物を扱い、店の中に売り場が作られました。
1971年、女物の仕立てたシャツを出します。例の馬に乗った人の刺繍は、このとき女物の袖口に初めて付きました。男物の胸からではありません。
1972年、女物の一式がそろい、同じ年に初めての路面店を持ちます。それまでは百貨店の中の売り場だけでした。自分の店を持って、並べ方まで決められるようになったのがこの年です。
1978年には香水、1981年にはロンドンに店を出して国外へ出ます。ネクタイから14年で、ここまで来ました。
ここまでの流れで押さえておきたいのは、順番です。ネクタイ、男物、女物、店、香水、国外。物の種類を増やしながら、少しずつ世界を広げていくやり方でした。
2. なぜ「ポロ」だったのか
競技をやっていたわけではありません。
それでもこの語を選んだのは、服そのものではなく、服のある情景を売ろうとしたからだと考えると筋が通ります。
その考え方がはっきり出たのが、映画です。
1974年、1920年代を描いた古典文学の映画化で、男優たちの衣装を手がけました。主演のために特別に仕立てた一着があったことも伝えられています。
1977年の別の映画では、主演の2人が彼の服を着ています。こちらは男物を女性が着る形が印象に残り、服そのものより、その着方が広まりました。
どちらも「ラルフローレンの服」として宣伝されたわけではありません。映画の中の人物が着ていただけです。それでも、あるいはそれだからこそ、服の置かれている世界が伝わりました。
ここが他のブランドと違うところです。多くのブランドは、まず物を作り、あとから意味が付きました。第86回のジーンズも、第143回で扱う靴もそうです。
このブランドは順番が逆で、先に情景を作って、服をそこに置きました。第115回で「様式の名前は後から付く」と書きましたが、これはその逆の例にあたります。
そして1986年、ニューヨークの古い邸宅を改装して旗艦店を開きます。服屋ではなく、邸宅の中に服が置かれているという見せ方でした。
ネクタイ、映画の衣装、邸宅の店。どれも「服を説明する」のではなく「服のある場所を見せる」という同じ方法です。ここまでが一本の線でつながっています。
有料部分では、ここから先を扱います。10以上あるラインの地図、1990年代に何が起きたか、デザイナーが替わらないという特異さ、そして会社としての数字です。