
羅臼発、データ活用で魚の価値を最大化する挑戦
ー 漁師にも経営力が試される時代になった ー
羅臼の海でサケ定置網漁業を営まれる阿保水産の4代目、芦崎社長へのインタビューの中で強く印象に残った言葉でした。
ウニやホッケなど年間を通して様々な海産物が水揚げされる羅臼。
そんな水産資源が豊富な羅臼においても、漁獲量の減少や後継者不足など、悩みを抱える漁業者が多い中、阿保水産の取り組みが注目を集めています。
魚が取れる・取れないで一喜一憂しない漁業へ
現在、阿保水産には12名ほどの従業員が在籍しています。従業員の平均年齢は30代前半で、日本の漁業者の平均年齢56.9歳を大きく下回っています。漁業の担い手が少なくなっている今、阿保水産では若手社員が増えているといいます。

芦崎社長「阿保水産では、6年前に高橋水産と協業し、共同企業体『丸共阿保高橋』を立ち上げました。その中で一貫して続けていることは、収益性の改善と働き方や待遇面の見直しです。その取り組みが形になってきた結果として、若い方々がうちで働きたいと言ってもらえるようになったと思います」
その取り組みも当初は苦労の連続だったと芦崎社長は振り返ります。特に設立当時は2社が共同企業体となったことで、それぞれが所有する網を漁期の間ほぼ毎日網上げしており、業務量が激増したとのこと。従業員の方々は次第に疲弊し、特に給与面では『業務量が増えたのに割に合わない』と不満の声があがりました。
退職者もでる中、このままではダメだと働き方や待遇面の見直しを図りたい、しかしそのためには収益性の改善が不可欠でした。そこで見直したのは”網は毎日上げないといけない”という昔ながらの操業だったと言います。
芦崎社長「定置網は毎日網を上げるのが当たり前だと言われてきました。しかしこれが従業員の負担になっており、かつ燃料や水揚げのための準備など、コストも発生します。収益性をこれまで以上に高めるためには、慣習を見直しを図る必要があると考えました。
そこで翌年は1日置きに網上げをするやり方に変えたところ、ある程度収益性が上がりました。しかし周囲を納得させるだけの根拠がなく、再現性に疑問がありました。そこで網の中を可視化し、適切に管理できないかと考え、フルノの定置網モニタリングシステム、漁視ネットを導入しました」

魚群探知機が内蔵された計測ブイを定置網の中に浮かべることで、網内の様子を観測。
データはパソコンやスマートデバイス等でいつでも確認できる。
芦崎社長「導入後は網の中に魚が多い時だけ操業するやり方ができるようになりました。試験的に導入した2024年には網を毎日上げていた時と比較して、出漁回数は半分近くになりましたが、過去五年で1番の大漁となりました」
操業日数が減ったことで、従業員の休みを増やせただけでなく、空いた時間を操業準備や教育に充てることができるようになったのだそう。芦崎社長自身も福利厚生の充実や給与面の改定などにより多くの時間を費やせるようになったと言います。
芦崎社長「漁師の給料体系は『魚が採れないとお金にならない』っていうイメージが強く残っていますが、効率化によって経費削減を行い、従業員に還元するという仕組みができれば、一般企業と同じ雇用形態にできると思います。魚が取れる取れないで一喜一憂しない仕組みを作りあげることが大事です」

成功の秘訣はイレギュラーを減らすこと、その仕組みを作れるか

モニタリングシステムが入ると決まったときは「変わったことができる!」とワクワクしたとのこと
実際この漁視ネットをどのように活用されているのか、澤船頭も加わっていただき効果を伺いました。システム導入により、定置網の中の詳細が日々わかるようになったと澤船頭は言います
澤船頭「これまでは魚がいるかどうかは現場に行ってみないと分からなかったことが、今は陸で、かつデータとして見ることができることが良いですね。魚がいるいないだけでなく、データからは様々なことが読み取れます。例えば網の動きが分かることで、現場の潮の流れが分かります。潮の流れが早いと網上げができないので、タイミングが悪いと海の上で1時間以上も待ったり、最悪の場合は操業できずに引き返すこともあります。これまでは天気予報や現場での目視が頼りでしたが、出港判断やタイミングをデータから事前に判断できるようになり、業務効率化に繋がっています」

さらに、魚の習性を把握している漁師ならではの利用方法についても教えてくれました。漁視ネットではAIが網の中にいる魚種を判別する機能があるのですが、この機能を活用して特定の魚種が網に入ったときに状況に応じた対応をしているそうです。
澤船頭「網にサケが入っていても、大型のブリが網に入ってくるとサケは逃げてしまいます。そのためブリが入ったことを確認できたら、先に揚げておくことで、再びサケが網に入るようになります」
さらに、事前の準備の中でも氷の手配が魚の鮮度維持に重要です。この手配も漁視ネットの導入により、最適化ができるようになったと言います。
芦崎社長「船に積んでいく氷の量を事前に計算できるようになりましたね。魚の量に対して氷が少ないと魚槽の水温が上がり、鮮度が低下します。逆に多すぎるとそのコストが経営負担となります。
漁視ネットで網の中に何の魚種がどの程度いるのかを推測できるので、最適量を把握できる。それが我々のブランド価値に繋がります。
鮮度の良い魚を提供できるから評価も上がる。逆にちょっとでも手を抜いたらすぐ評価が下がる世界なので、イレギュラーを減らせるのは大きなメリットです」
若手が多い会社だからこそ、事前の準備を適切に伝えられることは大きいと芦崎社長は言います。現場でのミスも削減でき、失敗した際も何も分からず叱られるではなく、理由が明確になる。こういう点も従業員のモチベーション維持を支えているのだと教えてくれました。

充電のための引き上げも網起こしの一環だと思えば手間に感じないと
船頭からは前向きなコメントをいただきました
網の中で魚の価値を育てる、“あえて待つ”という戦略
さらに芦崎社長からユニークな活用法を聞くことができました。網上げのタイミングをあえて遅らせることで、海産物としての商品価値が上がるということ。それは一体どういうことなのでしょうか。
芦崎社長「サケという魚は大きく分けると“身”と“イクラ”の2通りの売り方がありますよね。これも獲れたサケの状態によって切り身にした方がいいとか、イクラが美味しいとかがあります。サケは産卵するためにこの海域に戻ってきているので、時間が経つに従って栄養成分を卵に回していきます。そのため、網の中に入ったサケをしばらくの間留めておけば、イクラとしての商品価値が上がるというわけです。ちなみにその場合サケの身は鮭フレークになります」
実際そうやって獲ったサケやイクラを加工業者に引き渡すと、『加工しやすい、良い味になっている』と推測の裏付けとなる反応が返ってくるのだそう。今では『今日は良いサケは入っている?』と加工業者からも連絡が来るようになったそうです。
「地域全体でどういう風にサケを獲ってどのように流通させれば、商品価値が上がり、高く売れるかが分かってきた。効率よく獲るだけじゃなく、より高く売れるよう働きかけると当然収益も良くなる。その結果、今まで以上に従業員や地域に還元することができる。こんな素敵な商売ないですよね」と芦崎社長は語ります。
さらにモニタリングシステムによる製品価値向上は地域だけでなく、商品の購入先でも良い影響を与えていると言います。商品の流通先には札幌のイタリアンのシェフや東京のお寿司屋さんなど、羅臼の魚を好んで使っていただける方がおられるのだそう。そこに訪れた際は実際にモニタリングしている映像を見せて鮮度や美味しさをアピールしています。
芦崎社長「今までは羅臼とか知床といった産地ブランドだけでしたが、データがあることで、鮮度や品質といった新たなブランドの裏付けになります。するとシェフがお客様に『うちの魚はこうやって漁師さんがモニタリングしながら管理しているものを使ってるから新鮮で美味しいんだよ』と言える。それがお店にとっても価値になる。漁視ネットによっていろんな価値が生まれていると思います」

自社でも羅臼ブランドの価値向上を進めています。
“経験と勘”から“データと戦略”へ
最後に芦崎社長に理想の漁師像について伺いました。
芦崎社長「何が正解かは分かりませんが、私としては漁師というものが若い方が選んでくれる職業になればいいかなと思っています。そのためにまずは阿保水産として待遇面や働き方を良くするための取り組みを進め、ようやく形になってきたと感じています。また漁師は危険な仕事というイメージからも脱却していかなければなりません。そういう点でも、安全に漁ができる海況であるかどうかがモニタリングによって把握できることは重要ですよね。」

さらに大切なことはこれらのノウハウや成果を広く展開していくことだと芦崎社長は言います。
芦崎社長「経験やノウハウを共有することに抵抗がある方もいます。それが漁師のプライドなのかもしれませんが、それを乗り越えないとこれからの時代、人が育たないし、魅力に感じてもらえないと考えています。私としては今働いている従業員が独立して、それぞれの地域で同じやり方で成果を上げてもらうこと自体も大歓迎ですね。網元のご子息を育てて、引き継ぐときに我々のノウハウを持って帰って使えるようになってもらう。それが漁村の生き残りの近道なのではないでしょうか」

これまでの「経験と勘」から「データと戦略」に進化しつつある定置網漁。見えない網の中を可視化することで、魚が獲れるだけでなく、従業員の負担軽減や待遇改善、さらには商品加工や料理店など流通の先の場所における価値すらも生み出しているという貴重なお話を伺うことができました。
見えない海をデータの力で「見える化」することで、漁業はもっと楽しく魅力的な産業へと変わっていくのかもしれません。