
78日間トランサーフィン実践記録/20日目:あなたの本当の道(2025.04.17-Thu)
魂と理性の小競り合いについての小論

人間というものは、なぜこうも自分の「本当の望み」を忘れるのが得意なのだろう。朝の通勤電車に揺られながら、今日も魂を置き忘れたまま仕事場に向かう人々を見ていると、文明はここまで発達したが、人類の精神はまだ荷物のタグすら付けていないのかと首をかしげたくなる。
心が望まない道というのは、言ってみればジャズセッションに突如バグパイプをぶち込むようなものである。演奏している当人は必死だが、周囲は調和の崩壊に耐えかねて耳をふさぎ始める。魂は内側でリズムを刻みながら「ここじゃない」と叫び、理性は「だってこっちのほうが安全だから……」と、汗だくでマニュアルを握りしめている。
だが、逆に「心が望む道」を選んだときのあの高揚感はどうだろう。まるでオーケストラの指揮棒を自分が握っているような錯覚に陥る。すべての音がハモり、予測と現実がぴたりと一致する。魂は踊り、理性は「うむ、よきにはからえ」と上機嫌になる。こうなると人生は一気に協奏曲となる。
とはいえ、現実世界には引力という名の社会的制約がある。望まぬ仕事から飛び出すのは簡単だが、飛び出した先が崖だったというケースもまた多い。財布の中の紙幣が風と共に去っていく様を見たとき、魂も理性も「ちょっと話が違う」と不機嫌になる。よって、勇気は必要だが、飛び方には慎重さが要る。

ここで大切なのは、「魂の声」と「理性の声」、どちらも無視しないという姿勢だ。魂が熱を帯びてきたら、理性は「はいはい、ちょっと待ってね」と調査を始める。新天地がどこか、仕事はあるか、資金はどうか。理性は魂の熱狂を冷まそうとするのではなく、火種を燃やすための燃料を用意するのだ。
映画の一コマのように、人生の場面はゆっくりと変化する。それを「奇跡」と呼ぶ人もいるが、実際には念入りに編集された「努力のモンタージュ」だったりする。だからこそ、人生の編集作業は一人ではなく、魂と理性という共同監督で進めるべきだ。
最後にひとつ。心の声を聞くには静けさが要る。SNSの通知音ではなく、もっと深いところで鳴っている音に耳を傾けること。そこにはあなたのためだけに流れる旋律がある。それが聞こえたなら、音程は少々ズレていても問題ない。世界はあなたに歩み寄ってくる。テンポを落とし、耳を澄ませて進めばよい。