
78日間トランサーフィン実践記録/27日目:鏡に映ったものを追いかける(2025.04.24-Thu)

鏡よ鏡、この世界、どうにかならんか?
人生というのは、たびたび「これ頼んでないんだけどな」という品をテーブルに載せてくる。しかも強制着席、返品不可。そんなとき人は往々にして、テーブルをひっくり返すか、料理に文句を言うか、店を変えたくなる。
しかし、世界はレストランではなく、鏡という話。つまり目の前にあるものは、あなたの思考の「反射」にすぎない。これはとても都合が悪い。なぜなら、自分の思考がイマイチなときは、世界もその通りになるからだ。
たとえば、鏡の中の自分をつねっても、現実の顔は痛くない。映像をどうにかしようとするのは、絵に描いた餅に箸を刺すようなもので、永遠に空腹のままである。変えるべきは鏡ではなく、鏡の外にいる「あなた」。
では、どうすればいいか。まずは思考の棚卸し。
ネガティブなフレーズは片っ端からゴミ袋へ。不満、不承認、被害者意識、ついでに「あの人のほうがずるい」などという小学生レベルの感情もまとめて処分する。思考のクローゼットを空にして、そこに「こうなったら最高」という願望だけをディスプレイする。
ただし、ここに罠がある。鏡は即時には反応しない。少しタイムラグがある。よって、まだ鏡に嫌な顔が映っていても、「あ、これは旧仕様の自分の名残だな」と思ってスルーする力が試される。
このプロセスは、まるでおとぎ話の試練に似ている。
「決して振り返るな。さもないとすべてが水の泡になるぞ」と忠告されているかのようだ。現実が動かない間は、沈黙のなかで信念を試される時間となる。焦って後ろを振り返ると、せっかくの上昇気流が乱れる。
安心してほしい。鏡には選択肢がない。あなたの思考が「こうあってほしい」と明確に映像を送り出していれば、やがてそのとおりの世界がスクリーンに投影される。そのとき、あなたはこう言えるはずだ。
「すべては、自分の意図どおりだった」と。