
note発信における『価値』とは何か


「価値を提供しなさい」
note副業界隈。いや、情報商材界隈でこれほど繰り返される言葉はないと思う。
役に立つ情報を配る⇒信頼される⇒そのあとで売る。
ざっくり言えば「先にタダで配って、後で売れ」だ。ショッピングモールでウォーターサーバーの営業に捕まったことがある人なら、この流れは知っているはずだ。まず紙コップの水をタダでくれる。
飲み終わるころに、契約書が出てくる。
あるいはスーパーの試食もそうだろう。
食品を試食で配る。その後に買ってもらう。
アドバイス自体は真っ当だと思う。いきなり売り込むよりずっと誠実だ。
ただ、ここで使われている「価値」という言葉がどうも怪しい。今日はこれを分解してみたい。
辞書を引くと、「価値」の意味はざっくり3つある。
か‐ち【価値】
1 その事物がどのくらい役に立つかの度合い。値打ち。「読む価値のある本」「価値のある一勝」
2 経済学で、商品が持つ交換価値の本質とされるもの。→価値学説
3 哲学で、あらゆる個人・社会を通じて常に承認されるべき絶対性をもった性質。真・善・美など。
これを踏まえてさっきのアドバイスを読むと、構造がよく分かる。
1つ目(役に立つ)を配って信頼を作り
2つ目(値段)に着地させる。
3つ目の真・善・美は、一度も出てこないが、後ほど触れるとしよう。
では、実績のない人間はなぜ「価値提供」で詰むのか。
真っ先に思いつくのは「役に立つ実績や情報を持っていないから」だ。
配る水がないから契約も取れない。筋は通っているが本当にそうか?
ここで経済学の父、アダム・スミスに登場してもらう。
1776年の『国富論』で、スミスは「価値という言葉には2つの意味がある」とわざわざ断っている。ざっくり言うと「役に立つか」と「何と交換できるか」だ。
そして例に挙げたのが、水とダイヤモンドである。
・水ほど役に立つものはない。なのに、水で買えるものはほとんどない
・ダイヤはほぼ役に立たない。なのに、ダイヤがあれば大量のものが買える
いちばん役に立つものが、いちばん安い。 経済学の教科書に「水とダイヤモンドのパラドックス」として載っている超有名な話だ。
これを、さっきのアドバイスに当てはめてみる。役に立つ情報(水)を配って、信頼を作り契約・お金(ダイヤ)に換える。スミス風に翻訳すると、こうなる。
水を配って、ダイヤをもらってこい。
…
……
いや、水でダイヤは買えないって、250年前に言われてますけど???
国富論の第1編第4章に書いてありますけど????
しかも、今は水が余っている。
「伸びるタイトルの付け方」はAIに聞けば3秒で出てくるし、無料記事にもあふれている。役に立つ情報は、もはや蛇口をひねれば出てくる。
ウォーターサーバーの営業が、水道の蛇口の真横で試飲を勧めている状態だ。そりゃ契約は取れない。
よくよく考えたら水道水とミネラルウォーターじゃ質が違うからこの例えは芯を喰っていない。
如何に私が何も考えずに記事を書いているかがバレてしまうが、ここは直感的に納得して頂きたい。
とにかく、私はこれを「水でダイヤ問題」と呼びたい。実績のない人間が「価値提供」で詰む原因は配る水がないことではない。
水そのものが、もうほとんどお金にならないことだ。実績がある人の水が売れるのは、水がすごいからではなく「あの人が汲んだ水」だからである。
では、実績ゼロの人間は何を配ればいいのか。残っているのは置いていかれた3つ目「真・善・美」だ。
これを訳すと「本当のこと」「誠実なこと」「心が動くこと」くらいになる。
これは本当に自分の中でかなり雑に訳した解釈である。現代にソクラテスがいたら撲殺されそう。
これは水と違って蛇口から出てこない。その人の中にしかないからだ。
AIに「情報商材で20万円溶かした人の気持ちを書いて」と頼めば、それらしい文章は出てくる。でもAIは20万円を溶かしていない。溶かしたのは私だ。AIの貴様に20万溶かした人間の心の機微が分かってたまるか。
怨嗟が漏れ出してきたためここらで結びに入ろう。
賛否はあるだろうが「価値を提供しろ」というのは自分の中のダイヤを提供する事に他ならない。
勿論、そのような自己開示が共感を生むのか、収益に繋がるのか。
それは誰にも分からないし、実を結ぶまで、とても時間がかかる事かもしれない。
ダイヤを配り続ける。そして水を売る。
これが現在の私の中における最適解である。
もしくは言葉巧みに水を売りつけるというやり方もあるだろうが、私としてはおススメしない。
よく面接問答として、水やらペンやらを「この場で私に1万円で買わせなさい」みたいな問題がある。これはその人のプレゼンや営業能力を見るためなのだろうが、普通に考えたらそんな売り込みはただの詐欺である。
その意味を汲み取らずそのまま受け取ってはいけない。
これだから令和の虎のようなメディアは嫌いなのだ。タイガーアイといい令和といい、虎はロクなものではない。
誠実に続けていれば、たとえタダの水であっても「貴方が売る水なら是非買いたい」という人も現れるだろう。
有益かどうかは読んだ人が決める。
書き手が自分で決められるのは、本当のことを書くかどうかくらいだ。
だから「価値を提供しよう」と言われて手が止まったら、水を探すのをやめて自分の中にある本当のことを1つ書いてみてほしい。
そっちのほうが、たぶん蛇口より珍しい。
気づいていないだけで、ダイヤはきっと自分の心の中に存在している。
ちなみに『国富論』は、英語原文であればネットでタダで読める。
250年分の答えが、タダで落ちている。スミスの言う通りだ。役に立つもの程、安く落ちているものである。
それではまた次回ッ!!
