
江川卓「“腕も折れよ”と言うが、腕が折れたら生活できないでしょ」
高校野球50回記念切手
見出し写真は、1968年(昭和43)に発行された「第50回全国高等学校野球選手権大会記念」の切手。
郵政事業が株式会社によって行われる以前は、記念切手になるイベントの基準が非常に高かった。生半可なイベントでは記念切手にはならなかった。夏の甲子園=高校野球はそれだけの価値を持ったイベントだと思われていた。
スポ根アニメ「巨人の星」主題歌の第2番に「〽腕も折れよと 投げぬく闘志 熱球うなる ど根性」という歌詞がある。この歌詞を読むと「巨人の星」よりも、むしろ「第50回全国高等学校野球選手権大会記念」切手の図案を思い出すのである。
この記念切手の図案には、日本野球の潜在意識が滲み出ているのである。
腕が折れたら生活できない
ところが、江川卓(特に説明はしない)は「腕が折れたら投げられないではないか」と、この風潮に異議を唱えたのだと言う。
Google検索してみたら、文藝春秋の「Number Web」に正確な情報が載っていた。
腕が折れても投げるって、腕が折れたら生活できないでしょ。ウソですよね。(江川卓 プロ野球)
暑苦しい精神論に対して、「たとえ思ったとしてもそういう瞬間だけでしょ」とクールに。
有名な野球評論家の有本義明(1931年生、慶応義塾大学卒業・同野球部出身だから単なる精神主義者ではない人だが)は、「腕も折れよ」ってそんな意味で言っているんじゃないんだがなぁ……と嘆息していた(と記憶している)。
江川卓の不人気と人気
読売巨人軍と読売新聞が仕掛けた日本野球史上に残る横紙破り「江川事件」(特に説明はしない)で、江川卓はたいへん嫌われた。
江川に動詞化する接尾語「る」を付けた、(周囲の反対やルールを無視して)強引に自分の意見を押し通す、物事を強引に進める、ゴリ押しするいった意味で使われる「江川る」という流行語があった。
一方、反作用的に江川卓はたいへん人気があった。1980年代、文藝春秋の総合スポーツ誌「Sports Graphic Number」は何回も江川卓の特集を組んだほどだ。同誌では、計10回、表紙を飾っている。
もちろん、野球選手(投手)としての実力もある。しかし、それだけではない。
個人主義者としての江川卓
どういうことか? 江川卓の言動・立ち振る舞いは、日本的な集団主義、日本的な同調圧力の息苦しさに満ちた日本のスポーツ界、延いては日本社会にあって、それらを痛打する「個人主義」だと巷間に受け取られたからである。
「腕が折れても投げるって、腕が折れたら生活できないでしょ。ウソですよね」という彼の発言はその発露である。
野球ファンや巨人ファンは、個人主義者・江川卓に肩入れすることで日本的な旧弊を打破するかのような痛快さに酔いしれた。
先述の流行語「江川る」は必ずしも悪い意味だけではない、良い意味でも使われていた。
「個人主義アスリート」の系譜とその災厄
こういった「日本的スポーツ環境を痛打する個人主義アスリート」という系譜は、江川卓(野球)―平尾誠二(ラグビー)―中田英寿(サッカー)とあって、もちろん皆優れたアスリートであり、実績もある。
しかし、それが故の災厄を日本のスポーツ界に齎してもいる。
日本のミスターラグビーと呼ばれた平尾誠二は、あの「ブルームフォンテーンの悪夢」に関わってしまったことで大きく評価を下げている。
中田英寿は「“ジョホールバルの歓喜”の事実上のプレイヤー・オブ・ザ・マッチ」であるが、ワールドクラスのサッカー選手の階梯からは脱落した人である。むろん「日本的」でないからといって、即「世界的」になれるわけではない。
2005年頃から2006年にかけて、中田英寿は当時の無能なサッカー日本代表監督ジーコと癒着し、日本代表を私物化しては、2006年ドイツW杯でこれを崩壊させ、惨敗させ、しかし、自分は身勝手な現役引退パフォーマンスを行った。

これはもっと批判されるべきである。
ある意味で「腕も折れよと…」は必要
江川卓は実働9年(8年半か?)で通算勝利135勝、投手としてズバ抜けた才能の割には中途半端な生涯成績で、江川事件のような横紙破りをしてまで獲得するべき選手だったのかどうかという評価はある。
否、スポーツには時と場合によって、ある意味で(ある意味であるが)「腕も折れよと 投げぬく闘志」は必要なのである。
江川卓、平尾誠二、中田英寿は、その才能と「個人主義」によってその辺りの理解が少し浅かったのではないかと思われる。
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最後までお読み下さいまして有難うございました。(文中敬称略)
▼2026年8月21日追記
江川卓、平尾誠二、中田英寿の3人は「アスリートとしての〈現役〉に固執していない」という共通点もある。
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