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『星空に残された人類の記憶』  第1話 すばるは、六つか七つか。

    ――2300年前から続く、星空の数え間違い?

    星は、すばる

    星はすばる。ひこぼし。ゆふづつ。
    千年前、清少納言はそう書いた。
    『枕草子』の星の段は、すばるの名から始まる。彦星や宵の明星よりも前に。
    では、その「すばる」には、星がいくつあったのだろう。
    六つか。七つか。
    どうでもいい問いに聞こえるかもしれない。
    でもこの問い、二千年以上前のギリシャでも、千年以上前の唐でも、書物の中で問題になっていた。
    しかも不思議なことに、彼らは単に数え間違えていたわけではない。
    同じ星空を見ながら、違う答えを持っていたのだ。
    この連載は、その「違う答え」を一つずつ原典で確かめながら、人類が同じ星空をどう物語に変えてきたのかを追いかける。
    結論はまだない。調べるたびに、仮説の方が変わっていくかもしれない。その過程ごと、一緒に見てほしい。

    ギリシャ:「歌では七つ、目には六つ」

    ギリシャでは、プレアデスは巨人アトラスの七人の娘たちだ。
    プレアデスは、神話の登場人物であると同時に、農作業の目印でもあった。前7世紀ごろの詩人ヘシオドスは『仕事と日』で、こう書いている。
    アトラスの娘たちプレアデスが昇るころ、刈り入れを始めよ。沈もうとするころ、耕し始めよ。(383–384行。Evelyn-White英訳からの重訳・筆者訳)
    プレアデスは、農作業のカレンダーだった。空に掛かった、誰でも読める時計だ。
    そして同じ詩の中で、プレアデスは「オリオンの荒々しい力から逃れて、霧の海へ沈む」(619–620行)。ここにはまだ、星の数は書かれていない。
    数の問題がはっきり現れるのは、前3世紀。天文詩『パイノメナ』を書いたアラトスだ。
    人々の歌では七つだが、目に見えるのは六つだけ。 けれど人の記憶が始まって以来、天から星が一つでも、人に知られず消えたことはないはずだ。 それでも、そう語られている。
    (『パイノメナ』254行以下。Mair英訳からの重訳・筆者訳)
    ここが面白い。
    アラトスは、歌に伝わる数と、詩に記した「目に見える数」が食い違うことを書き留めていた。
    そして「星が本当に消えたのではないだろう」とまで書いている。ただし、その「六つ」が詩人自身の実測だったかどうかは分からない。
    二千三百年前に、この連載と同じ問いを立てた人がいたのだ。
    それから三百年近く後。ローマの詩人オウィディウスは『祭暦』に、ほとんど同じことを書いた。
    quae septem dici, sex tamen esse solent 七つと言われる。
    だが普通は、六つ。 (『祭暦』第4巻170行。ラテン語原文に基づく筆者訳)
    ただしオウィディウスは、そこで終わらない。理由を二つ挙げる。
    一つ目。六人の姉妹は神々と結ばれたが、七人目のメロペだけは人間のシシュポスに嫁いだ。それを悔い、恥じて姿を隠している。
    二つ目。エーレクトラーが、トロイアの滅亡を見るに堪えず、手で目を覆った。
    さらにローマの天文書『天文詩』(ヒュギーヌスの名で伝わる)には、三つ目の説明がある。エーレクトラーは姉妹のもとを離れ、北の空の別の場所へ移った、という。
    恥じて隠れた。目を覆った。よそへ移った。
    一つの文化の中だけで、「消えた七人目」の理由が三通りもあるのだ。

    唐:同じ頁に並んだ「六」と「七」

    舞台を東へ移す。
    8世紀の唐。密教僧の不空が、インド系の星占いを伝える経典を漢訳した。『宿曜経』と呼ばれるものだ(759年に訳出)。
    そこに、すばるにあたる「昴宿」の項目がある。
    昴六星、形は剃刀の如し。火神なり。
    (漢文本文の書き下し・筆者)
    六つだ。
    ところが、この経に注を付けた唐の弟子、楊景風が、すぐ後ろにこう書き添えている。
    中国の天文では、昴は七星。 読者がすぐに疑いを抱くだろうから、中国の天文に従った星の図も下に掲げておく。
    (大正新脩大蔵経第21巻 No.1299。漢文からの現代語訳・筆者訳)
    インドの知識では六。中国の天文学では七。
    一つの経典の同じ頁に、二つの答えが並んでいた。そして注釈者は、読者が戸惑うことまで予想していた。
    ただし、これはアラトスの問題とは種類が違う。
    アラトスが書いたのは、「歌の数」と「目に見える数」の食い違いだ。
    楊景風が書いたのは、「二つの天文学の伝統」の食い違いだ。どちらが正しいかではなく、数え方の体系が違う。

    日本:平安の辞書は「六」を選んだ

    それから百七十年あまり後。
    934年ごろ、源順が編んだ辞書『和名類聚抄』に、すばるが登場する。日本で最も古い部類の記録とされるものだ。
    昴星。宿曜経に云はく、昴星は六星、火神なり。……和名、須波流(すばる)。 (『改訂新版 世界大百科事典』「昴」の項に引かれた本文より)
    気づいただろうか。
    この「六星」は、日本の誰かが空を見て数えた数として書かれているのではない。『宿曜経』からの引用として書かれている。語句も『宿曜経』の本文と一致する。
    つまり、現在確認できた日本の古い文献に見える「六つ」は、インド系の知識が唐を経由して届いた数だった。
    現在伝わる『宿曜経』には、「中国では七つ」という注も付いている。
    ただし、源順が手にした本にその注があったかは分からない。
    源順が「七」を知ったうえで「六」を採ったのかどうかも、分からない。ここは推測で埋めないでおきたい。
    もう一つ、大事なことがある。
    これは「日本人は自分の目で六つと数えなかった」という意味ではない。
    書物の中の数がどこから来たかと、村や海で人々がどう数えていたかは、別の問題だ。
    すばるには「六連星(むつらぼし)」という別名もある。
    ただしこの名がいつから使われたのかは、まだ確かめられていない。この問題は、調査が進んだら改めて取り上げる。

    二つの「食い違い」と、一つの未解明

    ここまでの資料を並べると、「六か七か」という一つの問いの中に、実は種類の違う食い違いが二つ混ざっている。
    そしてもう一つ、食い違っていたかどうかもまだ分からない関係がある。
    食い違いの種類
    例
    何と何が食い違うか
    伝承と観測
    アラトス(前3世紀)、オウィディウス(後1世紀初め)
    歌や物語の中の「七」と、詩に記された視認数の「六」
    伝統と伝統
    『宿曜経』と楊景風の注(8世紀)
    インド系の「六」と、中国天文の「七」
    (未解明)書物と暮らし
    『和名類聚抄』(10世紀)と「六連星」
    輸入された文献の「六」と、民間の数え方の関係。食い違いがあったかどうかも未確認
    そして、もう一つ大事な事実がある。
    プレアデスが肉眼でいくつ見えるかは、そもそも一つに決まらない。現代の観測例では、街明かりのある空で五つ、暗い空で六つ、条件のいい田舎の空とよい目があれば十個以上。
    「六つしか見えない」は、人類共通の条件ではないのだ。
    この観測の話は、次回たっぷり扱う。

    宇宙OS的に読むと

    ここからは、証拠ではなく比喩の話だ。
    同じデータを読み込んでも、動いているOSの設定が違えば、画面に出る結果は変わる。
    [PLEIADES_DATA] 実際の星団 ― 全人類共通の入力
    [INPUT_DEVICE] 人間の目・空の暗さ ― 五つにも十四にもなる
    [LOCAL_CONFIG] 六星/七星/九星 ― 文化ごとの数え方
    [APPLICATION] 七人姉妹、消えた一人 ― 物語
    [SYNC] 経典・注釈・翻訳・口承 ― 伝播
    [CONFLICT] 「六」と「七」が同じ頁でぶつかる
    [PATCH] 食い違いを説明する注釈、あるいは物語
    楊景風の注は、まさに互換性エラーへの対応だ。「この環境では七と表示されるので、両方の図を載せておきます」。
    ギリシャの「消えた七人目」の物語も、もしかしたら一種のパッチなのかもしれない。歌と観測の食い違いを、物語で埋めたのだとしたら。
    ただし、ここには落とし穴がある。
    「食い違いが先にあって、物語は後から作られた」とは限らない。アラトスやオウィディウスから分かるのは、食い違いが意識されていたことまでだ。どちらが先かは、まだ証明できない。
    OSの比喩は、この問いを整理するための道具だ。答えそのものではない。

    今回分かったこと、まだ分からないこと

    分かったこと
    •       「すばるは六つか七つか」は、古代の人々自身にとってもすでに問題だった
    •       ギリシャでは「歌の七」と「目の六」が食い違い、消えた一人の理由は三通りあった
    •       唐の経典では、インド系の「六」と中国の「七」が同じ頁に並んでいた
    •       現在確認できた日本の古い文献に見える「六」は、その経典からの引用だった
    まだ分からないこと
    •       日本の民間の「六連星」は、いつ、どこから来たのか
    •       「消えた一人」の物語が先か、食い違いの認識が先か
    •       はるか昔の空では、本当に七つ見えていたのか
    最後の問いには、天文学者たちの大胆な仮説がある。
    何万年も前、すばるの星の並びは今と少し違っていて、七つ目が見えやすかったのではないか。
    そうだとすれば、七人姉妹の物語は、とてつもなく古い記憶なのかもしれない。
    本当だろうか。
    星の数が違ったのか。それとも、星を数える仕組みが違ったのか。
    次回、第2話「七つ目の星はどこへ行ったのか」で、その仮説を検証する。

    参考資料
    •       清少納言『枕草子』三巻本第236段(平塚市博物館「枕草子の星」)
    •       ヘシオドス『仕事と日』383–384行、619–620行(Evelyn-White英訳)
    •       アラトス『パイノメナ』254行以下(Mair英訳)
    •       オウィディウス『祭暦』第4巻169–178行(ラテン語原文)
    •       ヒュギーヌス『天文詩』2.21(英訳、ToposText)
    •       『文殊師利菩薩及諸仙所説吉凶時日善悪宿曜経』大正新脩大蔵経第21巻 No.1299(SAT大正新脩大蔵経テキストデータベース)
    •       『和名類聚抄』「昴星」(『改訂新版 世界大百科事典』「昴」より、コトバンク)
    •       Bob King「Appreciating the Pleiades」(Duluth News Tribune)
    ※古典資料の日本語訳は筆者によるものです。ヘシオドス『仕事と日』はH. G. Evelyn-White英訳、アラトス『パイノメナ』はA. W. Mair英訳を参照した重訳です。オウィディウス『祭暦』はラテン語原文、『宿曜経』および楊景風の注は漢文本文を参照しています。訳文は研究上の検討のために作成したもので、既刊邦訳とは表現が異なる場合があります。

     
     
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