
多重録音は「幻想」を作る仕事②〜ALESIS ADATのデジタルレコーディング革命〜YAMAHA 02Rとプロジェクトスタジオ
上記サムネイルの画像は「ALESIS ADAT」という1992年に発売されたデジタルマルチトラックレコーダー(以下、デジタルMTR)で、音楽制作とレコーディング業界に革命を起こした伝説的な機材と言えるだろう。
前回の記事のとおり、それまで、デジタルMTRといえば、48トラックのSONY PCM-3348で、お値段4000万円だ。
ATATは、S-VHSのビデオテープを利用した8トラックで、これは当時の価格を調べると、698,000円だった。
8トラックでは少ないと思われるかもしれないが、ADATは複数台をカスケードして使うことができた。
3台カスケードすれば24トラック、48トラックにしたければ6台を繋げれば可能だった。
約70万円×6台=420万円で、1トラックあたりの価格は、PCM-3348に比べれば、約10分の1という計算になる。
私もこのADATを1台買って、PCのシーケンスソフト(現代だとDAW)とMIDIシンク(同期)させるために、専用の外部コントローラーも購入した。

この専用コントローラーがまた298,000円と高価なものだったが、ワードクロックの性能が非常に優秀で、PCとのMIDIシンクだけでなく、レコーディングスタジオにあるPCM-3348と同期させるにも必要なものだった。
ADATは、ハイエンドなアマチュアバンドの録音から、業務使用まで、様々なシーンで活躍していたと思う。
私の使い方は、スタジオレコーディングの本番前に、PCに打ち込んだシンセサイザーのパートを1トラックずつADAT にダビングして行くことだった。
前回の記事では、シンセをスタジオに持ち込む話を書いたが、ADATにプリレコーディングしておけば、重いシンセを何台も運ぶ必要がなくなったのである。
ヒスノイズの出ないデジタルテープだからこそ、シンセ音はADATテープを媒介して、スタジオのPCM−3348へコンバートできたのだ。
また、ADATとシーケンスソフトを同期させることで、現代のDAWのような使い方もできた。
逆にスタジオで録ったボーカルトラックをADATで持ち帰って、PCと同期させながら、アレンジを練り直したり、リミックスバージョンの完パケもDTMシステム内で作れるようになった。
ただ私の場合、実際には、ADATで持ち帰ったボーカルトラックをDTM内で作業する場合は、一旦、「AKAI DR4d」という専用のハードディスクレコーダーにダビングしてから行っていた。
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ここで少し話は逸れるが、DR4dは、ハードディスク版のデジタルMTRとしては黎明期のもので、トラック数は4トラックしかないのものだったが、3Uラックマウントサイズと、いかにもプロ仕様な仰々しい機材であった。

まだまだハードディスクよりもテープの方が信頼性が高い時代だったが、PCベースのDTMに慣れてしまうと、どうしてもテープを巻き戻す時間が非効率に感じてしまうのだった。
別の選択肢として、すでにこの頃、Macのシーケンスソフトは、一部オーディオトラックを備えたDAWに昇格していたのだが、当時のオーディオインターフェイス(NuBusスロットに挿すカード)の価格は数十万円。オーディオトラックはPCにも負荷がかかってしまう。
PCを信用してない私は、それよりも音が良く、ずっとリーズナブルなDR4dをDTMの外部オーディオトラックとして選んだのだ。
ところが、DR4dには一つ問題があって、内蔵ハードディスクの容量が、240MBだか340MBしかなかったことである。テラでもギガでもなくメガである。
外付けのSCSIハードディスクを拡張したところで、大した量を保存できなかったので、プロジェクトが終了したら、再度ADATのS-VHSビデオテープにダビングして、内蔵のデータを消去しなければならなかった。
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…そんなわけで、話をADATの作業に戻すと、PCのシーケンスデータとADATを同期させて、シンセパートを1トラックずつダビングしていく。
8トラック分が埋まると、2本目のS-VHSテープに入れ替えて、ダビングを繰り返し、だいたい24〜32トラック分、1曲につき、3〜4本くらいの仕込みテープが出来上がる。
当初は、ADATレコーダーとコントローラーを持ってスタジオに行き、ADATデッキからパラアウトでテープ1本8トラックずつ、3本ならば、3回だけ再生して、スタジオのPCM-3348に一気に流し込む。
この方法であれば、ギターやボーカルのダビングの日の1時間前にスタジオに入れば済むことで、以前に比べれば、大幅にスタジオ使用料の節約になったわけである。
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1995年になるとデジタルレコーダーのADATに次いで「YAMAHA 02R」というプロ用のデジタルコンソールが発売となった。

その価格は68万円。
それまでの業務用スタジオのSSL社のアナログコンソールが5000〜6000万円くらいだったので、業務用としては破格の値段であった。
90年代も後半になると、このYAMAHA 02Rを2〜3台を横並びに設置して、メインのレコーダーをADAT×3〜4台とするレコーディングスタジオがオープンし始めたのだ。
「PCM-3348&SSL」のスタジオの使用料が、時間4〜5万円だとしたら「ADAT&YAMAHA 02R」のスタジオは、時間8000円〜1万円くらいだった。
使用料の大きな違いは、機材だけではなく、ブースの広さにも関係した。
この手のスタジオをなぜか「プロジェクトスタジオ」と呼ぶようだが、コントロールルームが狭かったり、ボーカルやギターの収録しかできないような小さなブースのスタジオが多かった。
最初はインディーズレーベルがメインに使っていたと思うが、制作予算が圧縮され始めたメジャーなレコード会社の制作にも広がってきて、2000年以降にProToolsがデファクトスタンダードとなると、物理的なコンソールさえも設置しないような、より小規模なレコーディングスタジオが爆増した。
そうなると今まで、時間5万円だった老舗のスタジオも、料金を半額以下くらいに下げざるを得なくなって、現在に至る。
DAWのソフトウェアシンセサイザーがメインで使えるようになる21世紀初頭までは、しばらくADATのS-VHSテープをスタジオに持ち込んで、そのままADATで続きのレコーディングを行うか、ProToolsに流し込むためにADATを稼働させていた。
振り返れば、ADATがプリプロダクションやスタジオで稼働していたのは、わずか5年間くらいの過渡期のものだった。
一点付け加えておくと、S-VHSテープを使うADATフォーマットのものが、ALESISとFOSTEX。
一方、TASCAMが「DA-88」という、8mmビデオテープを使う別フォーマットのデジタルMTRを発売していた。DA-88をメインに備えるスタジオもあったようだが、私は未経験だったので存在を忘れるところだった。
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最後に、この時代のことを書いていて思い出したことをもう一つ。
前述のデジタルコンソール「YAMAHA 02R」については賛否両論あると思うが、私にとっては最悪で、悪夢のような酷い音質だった。
Inter BEEのデモンストレーションを観た時にも、何か冷たい音だなと感じていたが、これを通した音は、細く痩せてしまって、私が関わったプロジェクトで、02Rを使った全ての作品が、2度と聴きたくないような酷い出来になってしまった。
初期のProToosも同様の印象で、これを使ってミックスされた音は奥行きがない感じなのだ。
1990年代の後半から2010年くらいまでにレコーディングされた音源は、けっこうな割合で実はあまり音が良くなかったりする。
さらに、この頃は度を越したCDの音圧競争があった。
ラジオや有線放送で流れた時に、とにかく音がデカい方が良いというわけだ。
最終工程のマスタリングで、無理やり大音量を突っ込むので、波形がまっ黒の海苔みたいになって、圧縮されたようなもっと酷い音質になってしまっていた。
マスタリングエンジニアほか関係者も、音が悪いことなど重々承知の上である。それが商業的な流行で、クライアントから求められる音だったのだ。