
『47年前の夏と、満員電車の自分へ —— 祭りの後の光と影、そして内省の扉』/ペンネーム:H.H さま(「あの夏の記憶」エッセイ/自分史 原稿募集キャンペーン応募作品)
※本記事は『「あの夏の記憶」エッセイ/自分史 原稿募集キャンペーン』にご応募いただいた作品となります。
序章:「あの夏」の熱狂と、高揚感の正体
47年前の夏――1979年。日本テレビ系の番組で、読売巨人軍・江川卓さんの形態・声帯模写を初めて披露し、テレビ初出演を果たした。
その1週間前、同局内で3名のディレクターと構成作家を前にオーディションがあった。江川さんの入団騒動の記者会見の発言を模写したものの、結果は「そのネタだけじゃ、尺がもたないよ」と不合格。5分間の出来事だった。
帰り路、深く落ち込んだのを憶えている。 しかし、同時に小さな達成感もあった。自分で決めて、応募し、挑んだことが、高校時代に「叱られないこと」だけに神経をすり減らしていた自分と比べて確かな成長に感じられたのだ。
ところが後日、審査員3名のうちの一人である構成作家から電話がかかってきた。「私だけ、君のものまねは面白いと思っている。しかし、残りの2人は反対だ。ついては、私の進退をかけて君を出すことにした。来週また局に来てくれないか」 正規の出演者ではなく、観客席にいて司会の土居まさるさんに「君、なんか番組前にものまねやっていたね、ちょっとやってみて」と振ってもらうという。素人の初出演なのに、その設定にプロの進退がかかっている。大変なプレッシャーだったはずだ。
しかし当時の私は「うまくできるか」よりも「念願を叶えたい」という気持ちが勝っていた。当時の生の感情は、まぎれもない「高揚感」だった。その高揚感は、あらゆるプレッシャーを軽々と跳ね飛ばしていたのだ。今思えば、あれが私の人生における初めての強烈な「自己決定」だった。
第1章:バブルの幻影と、「祭りの後の闇」
その後、大学4年間で実に130回ものテレビ出演を重ねた。民法各局、NHKと全局制覇だった。
さらに映画『がんばれタブチくん!!』での江川役の吹き替え、チョコレートのCM出演。当時のアルバイトの時給が500円前後の時代に、リハーサルを含めて3時間程度の拘束で出演料は1万円、CMは15万円。まさに「ものまねバブル」だった。学費も自分で賄えたが、金銭感覚は確実に狂っていった。1万円を1000円のように使う感覚が染みついてしまった。 この浮ついた感覚を捨てなければならないと思いながら卒業し、某スポーツメーカーへ就職したものの、初任給の12万円を手にしたとき、誰にも口には出さなかったが心の底で「安月給」と感じていた。そこにあったのは感謝のかけらもない傲慢さだった。
そんな精神状態で表面的に真面目に働いていたつもりでも、すぐに粗が出る。物覚えは悪いし、気が利かない。なんとか楽しくやろうという工夫も浮かばない。先輩のアドバイスも馬耳東風。案の定、3か月で会社を辞めた。のちに親戚の叔父が人伝に「あいつは甘いよ」と言ったと聞いたが、その通り、当時の私はとてつもなく甘かった。
第2章:満員電車のタイムスリップ〜過去の自分へのナビゲーション〜
辞めた会社に通勤していた頃の帰路、満員電車で疲れ切ってつり革を掴む若い頃の自分に、今の私がふと問いかけてみたくなった。
①「今、どんな気分?」
「……つまらない」
②「何が、つまらないの?」
「働いていて、面白くない」
③「あなたの『面白い』って何?」
「自分で『やる』と決めて、計画を立てて、工夫して、手応えを感じることだ」
④「そうか。最近の自分、今日の自分を思い出してみようか。目をつぶって」
「……真逆だ。上司から『やれ』と言われて、管理されて、その通りやって、成果が出ないで注意されて。『おまえ、単純作業も間違えるのか』って言われて……」
⑤「どんな感情?」 「自分への怒りだ。あの華やかな祭りを吹っ切ったつもりでいながら、まだ引きずっている自分への怒りだ」
⑥「その感情の裏にある真意(願い)は?」
「過去は過去で割り切り、今、目の前のことに集中して自分を磨きたい」
⑦「そのための内省心得8か条を選ぶとすれば?」 「自己決定感、そして感謝を忘れない、だ」
⑧「なるほど、ジョブリデザイン(自分の再定義)は?」
「今、目の前のことに集中して自分を磨く人間になること、それが俺だ」
ここまで心の中で過去の自分と対話してみて、私はふと思った。「そりゃ、3か月で辞めるわけだ」と。 さらに、喉の先まで出かかっていた別の問いが、次々と浮かび上がってきた。
貢献感は? → 「原田、お前は本当に会社の一員として貢献しようとしていたか? 自分の保身ばかりだったじゃないか」
好きを大事にする、は? → 「この職場では『好き』をすっかり封印しているだろ。それを受け入れられないのは自分の先入観じゃないのか」
自己成長を原動力にする(有能感)は? → 「お前の成果への執念は、『できない奴と思われたくない』という見栄だけだったな」
一生懸命を楽しむ、は? → 「悲壮感と我慢しか感じないね。それじゃ心身がもつわけがない」
今、ここに生きる、は? → 「今のあなたは『今ここでひたすら忍ぶ』という名の逃避だ」
事を為すにあたって「できる」と考える、は? → 「『やるしかない』と自分を追い込んでいるだけじゃないか」
終章:あの夏が教えてくれたもの
しみじみと思った。あの当時の私の心は、見事にいっぱい、いっぱいだった。 その原点は47年前の夏だった。しかし、あの勢いのまま芸能界に飛び込む勇気もなければ、かといって一人の企業人として心機一転の覚悟も持てていなかった。
だが、あの夏の出来事にも、その後の若い日の挫折にも、一切の悔いはない。 華やかな光と、その後に訪れた底知れぬ影。そして満員電車で絶望していたあの痛みがなければ、私は自分の感情の奥底と真摯に向き合う術(すべ)を知ることはなかっただろう。
現象に振り回され、環境や他人のせいにしていた未熟なあの頃の自分。 そのすべての過去を抱きしめながら、私は今日も、目の前の現実の奥にある「自分の真意」へと矢印を向ける。 「あの夏の記憶」は、私の中に今も生き続け、人生の舵を取り戻すための静かなる羅針盤となっている。
ペンネーム:H.H さま
『「あの夏の記憶」エッセイ/自分史 原稿募集キャンペーン』の応募期限は8/31(月)までとなっております。
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